まとめ(続)ハーモニーを見出す
聴覚は社会的・文化的環境の影響を受けている(第2章(1))。耳をひらくということは、子どもの頃のように、先入観ではなく好奇心で音を聴くこと。音の前を、音の今を、音の奥を、音の先を想像すること。
同じ人やものを見聞きしても、視覚と聴覚は別々にとらえている。視覚は外面的な属性情報(性別・年齢・国籍・人種など)を主に与えてくれるが、聴覚は三次元的・時系列的に対象をとらえるので、内面的な情報(感情、思考など)をより与えてくれる。「見た目は違うけど、思いは同じ」に気づきやすい。だから、音楽は国境を超える。というより、聴覚は国境を超えやすいのだろう。
ジョン・ケージは次のように提案している。
"・・どうして音楽をこれとかあれとかの特定の分野に限らなければならないのでしょう。世界全体を音楽にしなければならないのです。あるいはフラー式の大学に。"
(『ジョン・ケージ~小鳥たちのために』p209、ジョン・ケージ、 ダニエル・シャルル著、青山マミ訳、青土社、1982年)。
フラー式大学とは、間仕切りのない空間であらゆる主題を同時に扱い、学生は自分の気に入るものを選んでいくという方式だそうだ。ケージは「これは最も一般的な意味での現実生活での体験そのもののように思えます。街を散歩するだけで十分なのです。不意に起こる出来事は授業や教授に匹敵し、私たちに自分の望むものを自由に学ばせてくれます」と述べている。
たしかに、偶発的な音との出会いから、考え方や感覚が変わることがある。また静けさに心身を委ねてみると、意外な気づきがある。自然には人間の可聴周波数帯域を超える周波数の音があるが、これは基幹の脳を活性化したり、免疫機能を向上させ、心身機能を改善させることが確認されている。音の空間全体に身をゆだねることは、刺激でもあるし、癒しでもある。
西洋においては、全体をいかに分類・分割・分化するかによって、知の体系が成り立ってきた。その端緒となったのは古代ギリシアで、知性や論理はロゴスとして概念化され、その後多くの分野で発展・進化を遂げてきた。
その分割される前の全体、自然、主観と客観が分離する前をピュシスという。「論理と生命と実在とが離れ離れにならず、それらが一つになっている世界」(池田善昭・福岡伸一共著『福岡伸一、西田哲学を読む~生命をめぐる思索の旅・動的平衡と絶対矛盾的自己同一』p70、明石書店、2017年)である。
同書では、行き過ぎた知の分断を危惧し、西田幾多郎の哲学や生命論に基づいて「ピュシスの復興」を掲げ、その観点からあらためて生命という存在全体を捉えることを提唱している。またそれは、日本人の伝統的な思考や自然観とも和していると述べている。
今さまざまな分野で、細分化され過ぎたものを再統合し、全体をとらえる試みがなされている。複雑さ、曖昧さ、矛盾、偶然性、整合性の取れない部分をも含んだ生命全体。
そしてその中に、自分と他者の共通項を見出していくこと。ハーモニーを創り上げていくこと。それはシンプルで軽やかな響きになるかもしれない。・・・まるでモーツァルトのように。
- 本連載はグローバル社会・AI社会を生きる、未来世代に向けて書かせて頂きました。
お読み頂きまして、ありがとうございました!
- 石川一郎『2020年の大学入試問題』講談社現代新書、2016年
- 教育機器編集委員会『産業教育機器システム便覧』日科技連出版社、1972年
- ロビン・ダンバー(鍛原多惠子訳)『人類進化の謎を解き明かす』インターシフト、2016年
- 日本音響学会『音のなんでも小事典―脳が音を聴くしくみから超音波顕微鏡まで』講談社、1996年
- 藤田武志『いい音・いい波動の教科書』ヒカルランド、2016年
- 吉田たかよし『世界は「ゆらぎ」でできている―宇宙、素粒子、人体の本質』光文社新書、2013年
- 菅野恵理子『ハーバード大学は音楽で人を育てる』アルテスパブリッシング、2015年
- 川村光毅『音楽する脳のダイナミズム』
- 三上章允『音楽は脳のどこで聞くか』(HP「脳の世界」より)
- レナード・シュレイン(日向やよい訳)『ダ・ヴィンチの右脳と左脳を科学する』ブックマン社、2016年
- 林成之『子どもの才能は3歳、7歳、10歳で決まる!―脳を鍛える10の方法』幻冬舎新書、2011年
- Mihaly Csikszentmihalyi "Creativity" Harper Collins e-books, 2009
- 川村光毅『情動と音楽の起源―情動の進化と脳機能』
- オリヴィエ・メシアン、イヴォンヌ・ロリオ・メシアン(丹波明監修、野平一郎訳)『メシアンによるラヴェル楽曲分析』全音楽譜出版社、2007年
- 山本邦子『トップ・アスリートだけが知っている「正しい」体のつくり方?パフォーマンスを向上させる呼吸・感覚・気づきの力』扶桑社、2015年
- アレン・キャドウォーラダー、デヴィッド・ガニェ(角倉一朗訳)『調性音楽のシェンカー分析』音楽之友社、2013年
- 原田武夫『世界を動かすエリートはなぜ「フレームワーク」を使うのか』かんき出版、2015年
- ステファン・ヤロチニスキ(平島正郎訳)『ドビュッシィ 印象主義と象徴主義』音楽之友社、1986年
- 宮原浩二郎『論力の時代と〜言葉の魅力の社会学』勁草書房、2005年
- 山中伸弥・益川敏英『大発見の思考法』文藝春秋、2011年
- 淡野弓子著『バッハの秘密』平凡社、2013年、
- Yo Tomita, "The Well-Tempered Clavier, Book1"'History of Conception and Revision Process', 'Structure, Forms and Styles' 1996
- 外山滋比古『忘れる力、思考への知の条件』さくら舎、2015年
- ヴォルフガング・デームリング(長木誠司訳)『大作曲家 ストラヴィンスキー』音楽之友社、2001年
- ジョン・ケージ、 ダニエル・シャルル(青山マミ訳)『ジョン・ケージ?小鳥たちのために』青土社、1982年
- 池田善昭・福岡伸一『福岡伸一、西田哲学を読む?生命をめぐる思索の旅・動的平衡と絶対矛盾的自己同一』明石書店、2017年
まもなく新刊『音楽で未来型人材を育てる!5つのリベラルアーツ・マインドを学ぶ(仮題)』が、アルテスパブリッシング社より出版されます。どうぞお楽しみに!
“古今東西の芸術作品には、過去の音楽家や芸術家が発揮してきた才能や感性の断片が刻まれている。彼らは鋭い感性をもって、多くの人が気づかない音色や色彩を発見し、自己や他人の心像風景を読み解き、世の中の動きを察知し、物事の本質や自然の摂理を見抜き、作品を通して人々に伝えた。音楽や芸術の歴史とは、それらが積み重なってできた人類記憶の宝庫であり、さらには「新しい未来を創造したい」という想念も刻まれている。そこに、これからの時代を生き抜くヒントがあるのではないだろうか? 本書では、「未来世代はどんなマインドや思考を、教養として身につけるべきか」 を5つ挙げた。過去の音楽家の作品や生き様からヒントを得ながら、未来社会を考えるきっかけにできれば幸いである。”(まえがきより)