ピティナ調査・研究

第2章:感受力&即応力(1)限定されていく聴覚をどうひらく?

何を聴いている?~グローバル時代のための聴力
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感受力&即応力
① 限定されていく聴覚を、どうひらくか?
赤ちゃんの聴覚は、周囲の環境や社会に慣れていく

赤ちゃんは、周囲にある様々な音を全身の感覚で受けとめている。乳児の神経回路はもともと全方位的に広がっているが、次第に母語環境に合わせて神経回路が出来上がっていく。このプロセスの担い手は、主に聴覚である。聴覚が受けとめた多くの音声情報を受けとめ(内在化させる)、少しずつ模倣しながら、発話の仕方を覚え、単語を覚え、文法を覚え、表現できるようになっていく。つまりインプットしてから、少しずつアウトプットするという順序である。母音の基本形の数は言語によって異なるが(日本語は5種類、英語は10種類、スウェーデン語は13種類以上など)、いずれの言語においても、生後6か月で母国語に応じた聞き分けを行っているそうだ(『音のなんでも小事典』p88)。つまり、聴覚は周囲の音環境に最適化していく。

また言語には文脈があり、それは特定の文化・社会・価値観に根差している。言語を習得するということは、聴覚が自分の属する社会や文化に適応していくことと言える。

これは人間だけでない。歌を学習するキンカチョウという鳥は、親の歌を聴くと、それ以外の鳥の歌には反応しなくなるそうだ(沖縄科学技術大学院大学グループがサイエンス誌に発表。朝日新聞記事より)。肉親を見分ける力は生存本能と関わる。人間より極端な例ではあるが、聴覚が社会性や生存本能とも結びついていることを表している。

大きく音空間を広げてみよう(インプット)
多様な音を受けとめること

人間の発達過程において、3歳ごろになると不要な脳神経細胞は死んでいく。つまり繰り返される学習によって、神経細胞が「間引き」され、神経回路がつくられていく。この間引き現象は7歳ごろまで続くそうだ。神経回路が急速にできあがるこの時期には、耳をひらくこと、興味をもつこと、心を動かすことがとても大事である(『子どもの才能は3歳、7歳、10歳で決まる!―脳を鍛える10の方法』p102、林成之著、幻冬舎新書、2011年)。

元シカゴ大学心理学主任教授ミハイ・チクセントミハイは、古今東西の芸術家やノーベル賞受賞者など、世界に影響を与えた才人の創造力について著書“Creativity”に著しているが、両親の影響についてこう述べている。

“子どもが、将来秀でる分野に早くから興味を示さなくても、世界の美しさと多様性を発見させてあげることは大事です”

聴覚は環境になじんでいくので、身の回りにある音が多彩であればそのように、音が少なければそのように、耳が適応していく。では「ひらかれた耳」が、多彩な音情報を受けとめられる耳だとしたら、音楽は何をもたらしてくれるだろうか。(右図:人間が聞き取れる音の範囲「エンジニアのための人間工学」より)

音楽は、日常の音環境を大きく超えて、未知なる多彩な世界へ誘ってくれるだろう。音楽特有のゆらぎ、リズム、メロディ、ハーモニーなどを感じることで、まだ感じたことのない感情も疑似体験できるだろう。自然がもっとも多様ではあるが、音楽は人間社会にある感覚や感情の多様性を、まずは体感することができる。聴くことは、見る以上に、感覚が身体に入っていく。「!」「?」だけでもいい。心が動くことが大事なのである。

フランスの音楽絵本」や、「音楽劇を通して日常と違う世界の扉を開く、フランスの音楽都市」、「子ども脳がもつ無限の可能性」などの記事もご参考頂きたい。

多様な自然の表現に触れてみる

我々を取り巻く自然は、とても表情豊かである。古今東西の作曲家・音楽家は、自然が奏でる音を聴き取り、その様子を表現した。たとえば、「水」は七変化する。海、川、湖をつくり、ある時は雨や雪となり、ある時は噴水として、我々を楽しませ、潤してくれる。たとえばクロード・ドビュッシーは、水や水の存在が感じられる曲を多く書いている。交響詩『海』、ピアノ曲「水の反映」「雨の庭」「霧」「雪はおどる」「雪の上の足跡」「金色の魚」「沈める寺」「帆」「水の精」などがある(ピアノ曲は『映像』『前奏曲集』『版画』『子供の領分』より※順不同)。

またフランスには、「水」などをテーマにした子供向けCDがある。大人でも、作曲家のたくましい想像力に改めて驚かせられる。

『水の物語』

  • リャードフ:「魔法にかけられた湖」
  • リスト:「エステ荘の噴水」(『巡礼の年』第3年より)
  • リムスキー=コルサコフ:歌劇『サトコ』序曲
  • ドビュッシー:「沈める寺」(前奏曲第1巻10番)
  • ワーグナー:「さまよえるオランダ人」序曲
  • レスピーギ:「ローマの噴水」
  • シューベルト:「水上の精霊たちの歌」
  • スメタナ:モルダウ(交響詩『わが祖国』より)
  • ドヴォルザーク:「月に寄せる歌~白銀の月よ」(歌劇『ルサルカ』より)
音楽は、情から知に働きかける~まずは楽しくたくさん聞く!

音楽は情と知に働きかける。音楽を学ぶ人にとっては、音楽は情から知に働きかける、といった方が適切だろうか。情動を司るのが右脳、知を司るのが左脳であれば、右脳から左脳へという順序になる。『ダ・ヴィンチの右脳と左脳を科学する』を著した米国人外科医・発明家レナード・シュレインは、右脳の機能を補完するのが左脳、としている。

"右脳は実在、イメージ、メタファー、音楽を全体論的な方式で処理する。・・・脳の右側は多数の決定因子、多数の感情、多数の意味、多数のイメージ、多数の音を融合させ、全体論的な状態に導く。左脳の主な機能は右の機能の補完である。“(『ダ・ヴィンチの右脳と左脳を科学する』p232)

右脳は胎児の時から発達する。同著者によれば、左脳が何かを創造するのではなく、右脳から左脳への問いかけを通して、創造活動が行われる。まず右脳に多くの情報を入れ、左脳へ受け渡しながら、少しずつ論理や秩序を明らかにしていく。とすれば、音楽や英語などの音声を使うものは、まず大量に音をインプットするのが自然である。この段階では、無意識に、楽しみながら取り入れていくとよいだろう。大量のインプットがあるからこそ、そこから引き出すことが可能なのだ。母語の習得と同じである。繰り返し聞いているうちに、息づかい、音の抑揚、節回しなどを自然に感じとり、真似をし、それから少しずつ単語の意味や文法を理解していく。

聴覚の繊細さを、認知能力や運動機能に伝えていく

音楽も英語も母語を学ぶのと同じ順序、つまり「音・ゆらぎを感じる環境」から入るのが自然である。様々な音楽を繰り返し聞いているうちに、ゆらぎ、息づかい、テンポ、リズム、音の抑揚、強弱、イントネーションなどを、身体や皮膚感覚で「なんとなく流れを感じとる」(それを身体運動を通して知覚するのがリトミック)。それから段階的に、音符、音程、リズム、メロディ、ハーモニー、フレージング、全体の文脈、楽曲構造など、「音楽の文法を認知していく」。そして同時に、「歌や楽器演奏のための運動機能につなげていく」。最初から断片的に機能を教えるのではなく、音楽の流れの中で少しずつ役割を明らかにしていくのである。「本来はすべて聞こえている」聴覚の繊細さを、認知能力や運動機能に少しずつ伝えていくことができる。またすべてを統合し、より広く深く、より繊細に感じるために。

人間の知覚における聴覚の割合は約7~11%。しかし、聴覚がもつ潜在能力ははるかに大きい。では、どのように耳を開いていけばよいのだろうか。第2章以降、音楽の聴き方・学び方のプロセスを、人間の成長発達のプロセスとともに考えていきたい。

多様な国の雰囲気を感じてみる

音楽は世界中どこにでもあり、そのリズムやメロディも様々である。音楽を聞くと、「なんとなくこの国らしいなぁ」という印象を受けるだろう。数年前になるが、パリ管弦楽団による子ども&ファミリー向けのコンサートが開催された。ある旅人が、ヨーロッパ大陸を出発して、アジア、アフリカ、南米、北米を巡り、また故郷のフランスに戻ってくるという筋書きに合わせて、以下の舞曲が演奏された。

  • チャイコフスキー:「花のワルツ」(バレエ『くるみ割り人形』より)
  • ブラームス:『ハンガリー舞曲』第5番
  • バルトーク:『6つのルーマニア民俗舞曲』第5・6番
  • ラヴェル:「眠りの森の美女のパヴァーヌ」(『マ・メール・ロア』より)
  • チャイコフスキー:「ワルツ」(バレエ『眠りの森の美女』より)
  • プロコフィエフ:「シンデレラのワルツ」(バレエ『シンデレラ』より)
  • オッフェンバック:「舟歌」(オペラ『ホフマン物語』より)
  • チャイコフスキー:「アラビアの踊り」「中国の踊り」「スペインの踊り」(バレエ『くるみ割り人形』より)
  • ヴィラ=ロボス:『ブラジル風バッハ』第2番
  • バーンスタイン:「マンボ!」(ミュージカル『ウェストサイド物語』より)
  • オッフェンバック:「カンカン」(バレエ『パリの喜び』より※ローゼンタール編曲版)

甘美で優雅なバレエ音楽(チャイコフスキー)、素朴な農村風景や民族の誇りを感じる民俗音楽や舞曲(ブラームスやバルトーク)、洗練された想像力の表現(ラヴェル)、大地から湧き上がる熱いリズムを感じる曲(ヴィラ=ロボス)、迫力満点のマンボ(バーンスタイン)、興奮に包まれたパリ歓楽街の雰囲気(オッフェンバック)など。多様なリズムとメロディが、その舞曲が生まれた国や文化の違いを体感させてくれる。

第2章(2)聴覚と身体を結びつける

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