第2章:感受力&即応力(4)音・イメージ・指を結びつける
感受力&即応力
母語を真似しながら習得していくように、音楽や外国語など音声に関わるものも、まずは真似しながら習得していくのが自然だろう(第1章④「音楽はどう知覚されるのか」)。真似とは、対象を精確に捉える一歩である。そこで、リズム、メロディ、ハーモニーなどの要素に分けて聞き取っていく教材がある。
こちらは「La Dictée en Musique」というフランスの聴音教材である(参考記事「生きた音楽で学ぶソルフェージュ」)。第1巻~第7巻まで、すべて実際の音楽を用いており、レパートリーは、中世の教会音楽から、バロック、古典、ロマン派、近現代、ジャズ、アフリカ民謡、中国・日本の伝統音楽など、大変幅広い。またソロ曲、管弦楽曲、交響曲、協奏曲、歌曲、オペラ等、ほぼ全てのジャンルを網羅している。
<第1巻の一例>
1声の聴き取り。はじめから多様な音質、音域、言語が登場する。(各数十秒×37曲分)
- 「リズム」四分音符、八分音符などの簡単な音価・リズムを聴き取る
(日本、中国、フランス語、ドイツ語による童謡や子守歌、ギニア民謡、ベートーヴェン:「ヴァイオリン協奏曲」、ストラヴィンスキー:朗読・演劇・バレエ「兵士の物語」、シューベルト:歌曲「死と乙女」、メンデルスゾーン:歌曲「私の好きな場所」、プーランク:歌曲「賛歌」など)
- 「メロディ」簡単な単旋律、二声の外声、和音の外声を聴き取る
(シュトラウス「皇帝円舞曲」、シューマン:ピアノ独奏「幻想小曲集」第5番、グラナドス「バラの踊り」、ドビュッシー:ピアノ独奏「沈める寺」、ベルリオーズ:「幻想交響曲」、スメタナ:交響詩「わが祖国」モルダウ、等)
- その他「混合問題」「間違い探し」がある。
※「ハーモニー」は第2巻から。
《第2巻》《第3巻》は、主に2声での聴き取り。異なる楽器群による2声、同じ楽器や楽器群による2声、内声の2声、低音域の2声、2声を交互に聴きとり、総譜を見ながらの聴音、ハーモニー課題(調性とカデンツ、和音の度数)など。《第4巻》以降は、3声以上の聴き取り。複雑なリズムや変拍子、ppやpppで内声の聴き取り、同じ旋律を担当する他楽器を聴く、現代曲の旋律聴き取りなど。《第5巻・第6巻》は、複数楽器で奏される和声の最低音、半音階のメロディ、民謡特有の音階・リズム、総譜すべての動きなど、多様な力が試される。《第7巻》は様々な楽器編成、変拍子、四分音、緩急自在なテンポ、細かな音型、中世からジャズ・民謡まで、いかようにもチューニングできる総合力が問われる。ここで第6巻をご紹介したい。
<第6巻の一例>
3声以上の聴き取り、音質が近い楽器の聴き取り、内声の最低音など(70曲分)
- 「リズム」速く小刻みなリズム、長い音価・リズム、複数の声部や楽器での異なるリズム、中世のリズム、民俗音楽特有のリズム、ジャズのリズム、などを聴き取る
(ビゼー:歌劇「カルメン」、バッハ:「コーヒーカンタータ」、ドビュッシー:管弦楽曲「牧神の午後への前奏曲」、ジョプリン:ピアノ独奏「メープルリーフ・ラグ」、バルトーク:ピアノ独奏「ミクロコスモス」122番、マショー:「ノートルダムミサ」、ピアソラ:フルート・ギター二重奏「タンゴの歴史」、など) - 「メロディ」弦楽四重奏でのチェロやコントラバス、交響曲でのチェロとコントラバス、弦楽四重奏(現代曲)での内声のヴィオラ、歌曲や室内楽曲での各楽器、などを聴き取る
(ボロディン:弦楽四重奏第2番、マーラー:交響曲第2番「復活」、リゲティ:四重奏第1番、ブラームス:「ハイドンの主題による変奏曲」、ペソン:メゾソプラノと5人の器楽奏者のための歌曲、など) - 「ハーモニー」調性、和音度数、カデンツ、通奏低音などを書き入れる
(モンテヴェルディ:マドリガル曲集より、モーツァルト:歌劇「ドン・ジョバンニ」「魔笛」より、パガニーニ:ヴァイオリン独奏「カプリース」Op.1-6など) - 「音の響き」交響曲での内声の最低音、pppで奏される楽器名、総譜と楽器名の一致
(リムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェヘラザード」、モーツァルト:交響曲第39番、ドビュッシー:交響詩「海」、ストラヴィンスキー:バレエ「ペトルーシュカ」、ウェーベルン:管弦楽曲「6つの小品」など」) - その他「混合問題」「間違い探し」
子どもは模倣がとても上手。母語にしても、真似ることから学んでいく。この聴音教材も、実際の音楽を聴いて書きとることで、流れの中で音をとらえ、自ら表現できる土壌をつくっていく。様々な楽器の音質や音色を聴き取ることは、音のイメージを増やすことにもなる。たとえるならば、「赤か青か」から、「薄紫から群青色」のグラデーションを微妙に聞き分ける耳をつくっていく。さらに聴き取った音を、歌やピアノ(または自分が習っている楽器)で弾くと、より身体と連動し、筋肉の動きが定着するだろう。その最小単位が「1音」である。数限りないニュアンスが含まれる音楽を表現するために、ロシアでは1音から徹底した教育を行い、きわめて敏感な耳と指を作っていくという。(参考記事「ロシアのピアノ教育から学べること」)
なお英語や外国語学習も同じ手法があり、聴き取った音をそのまま追いかけるように発声するのが"シャドウイング"、書きとるのが"ディクテーション"である。リスニングだけではなく、耳と口、耳と手を連動させると、英語のスピード・リズム・フレージング・イントネーション・アーティキュレーション・ボキャブラリーなどに早く慣れていく。1日5分×1か月もすれば明らかに変わるだろう。(参考記事:「若手ピアニストのための英語ワークショップ」)
模倣といえば、昔から写譜がよく行われていた。ベートーヴェンが弦楽四重奏に迸る創造力を巡らせたのは、ハイドンとモーツァルトの弦楽四重奏曲に触れたことが出発点である。ベートーヴェンは二人の先達の楽譜を写譜し、楽想をどのように発展させているのかを学んだ。
またオリヴィエ・メシアンは、パリ国立高等音楽院の学生に「旋律やリズムの辞書を作りなさい。そしてその旋律を研究し、その本質や様式を尊重しながら、発展させるように」とアドバイスしていた。(『メシアンによるラヴェル楽曲分析』p14、オリヴィエ・メシアン、イヴォンヌ・ロリオ・メシアン共著、丹波明監修、野平一郎訳、全音楽譜出版社、2007年)
模倣は、まず外にあるものを自分の中に入れ、そこから自らの表現方法を見つけるためにある(第2章②「音楽を内在化させてから表現する」)。児童に何かを覚えさせようとすれば、暗記力の高い子はすぐ覚えるだろう。だからこそ音楽に限らず、多様な音や価値観に触れられるような教材や教科書を選ぶことが大事である。
下図は、「音の空間を知覚するプロセス」をイメージしてみたものである。多様な音が鳴り響いている中から、音の輪郭や音と音の関連性を少しずつ明かしていく(第1段階⇒第2段階)。すると「!」という気づきによって神経回路もつながっていくだろう。
もしできれば、第1段階はご家庭で音楽を流し聞き、第2段階はレッスンで聴音を3~5分間ほど行って頂くとよいかもしれない。第3段階から先は、次章以降でご紹介したい。