ピティナ調査・研究

第3章:論理力&俯瞰力(4)音空間を概念化する(テーマ)

何を聴いている?~グローバル時代のための聴力
3
感受力&即応力
④ 音空間を概念化する(テーマ)
曲の核心をつかむ

音楽を学ぶプロセスとしては、「どんな音楽が流れているのか」(第2章)という音楽の輪郭をなぞる段階から、「その音楽はどのように語られているのか」、「その音楽は何を語っているのか」「なぜその音楽が生まれたのか」へと深まっていく。概念化とは、「何を語っているのか」、つまり音楽の核心・テーマである。その核心に迫っていくと、奥行きのある演奏、作曲家の意図やメッセージが伝わる演奏、に近づくのではないだろうか。

たとえば2015年度ショパン国際コンクールのセミファイナリスト、ルイジ・カローチャさん(Luigi Carroccia、イタリア)の前奏曲Op.28は、まるでオムニバス映画のように1曲1話ずつ連綿と連なっていた。まるで心像風景のように、幸福感、葛藤、激情、喜び、回想、夢見心地など、どれも心の奥でとらえた映像が音を通して伝わってきた。(2015年度ショパン国際コンクール第3次予選「心が映し出すもの」

「何を語っているのか」が意識されていると、だった1音だけでその奥にある深淵な世界を想像させる。2010年度ショパン国際コンクール第5位入賞フランソワ・デュモンさん(François Dumont、フランス)は、ショパンが亡くなる5年前(1944年)に作曲された子守歌の演奏には、脈々と受け継がれる人間の誕生の神秘さえ感じさせた。(2010年度ショパン国際コンクール第3次予選入賞者インタビュー「ショパンと表現主義」)また2013年度ヴァン・クライバーン国際コンクールでのモーツァルト・ソナタ イ短調K.310は、一つ一つの音やフレーズと対話するように音楽が進められる中で、美しさの中にある儚さ、脆さ、哀しみ、軽やかさなど、モーツァルトが含ませた様々な表情や感情が1つ1つ解き明かされていった。

1音は、全体の最小単位である。とはいえ、1音を足し合わせていったものが全体ではない。全体には部分を繋ぎ合わせた以上の、意味、ニュアンス、暗喩、寓意などが含まれている。したがって、まずは「音楽全体を耳で感じ」、「その流れの中で部分を知る」ことが大事である(第1章第2章)。すると後々、音に含まれている意味や寓意に気づきやすくなるだろう。

2015年度ショパン国際コンクール審査員の海老彰子先生は、幼少期からの学ぶ順番について次のように語っている。「まず1音を弾けるようにさせるより、まず「その1音が何を言いたいのか」を想像させて、想像力豊かにすることが大事ですね」((2015年度ショパン国際コンクール審査員・海老彰子先生インタビュー「まず構想、それから音を」

なぜこの曲は生まれてきたのか?

音楽は古代から中世まで、コミュニケーションツールであり、感情を高めて団結する手段であり(酒宴・祭事・儀式)、神話を語る手段であり(演劇・詩吟)、世界の真理を読み解く手段であり(リベラルアーツ)、信仰であった(中世の教会音楽)。そして音楽はいつしか、「個人」を表現する手段になった。

中世までは神への帰依が社会の中心であったが、17~18世紀頃になると、科学の発達、人権意識の芽生え、啓蒙思想の普及などを経て、「個人」の意識が高まる。とくに古典・ロマン派時代はそのような影響を受けて、各時代の様式美・形式美の中で、大いに「個」が表現されるようになった。またその「個」が、時代の形式美を飛び越え、新たな美意識を呼び覚ますこともあった。そうして時代は変遷してきた。

それを再現する演奏者にも、作曲家と同じ問いかけに向き合っていることがある。深い問いかけは単に楽曲構造から導き出されるだけでなく、自らの内から湧き出てくる疑問であり、知的好奇心であり、哲学であり、人生への問いかけである。作品と自分を結びつけ、自らの声として発された音楽は、心を強く打ち、長く記憶に残る。

2015年度チャイコフスキー国際コンクール第4位ルカ・ドゥバルグさん(Lucas Debargue、フランス)による、メトネルのソナタ第1番は、冒頭で提示されるテーマが哲学的な自問問答のように何度も繰り返され、そのたびに深く心の底をのぞき、真理を求めて彷徨う姿が想像された。左手の空虚五度が、なんとも含みのある空虚さなのである。倒錯的でもあり、幻惑的でもあり、啓示的でもある、メトネルの知られざる素顔を見た気がする(2015年度チャイコフスキー国際コンクール

また音楽と完全に一体化して、音楽に含まれるあらゆる心情を描き出し、まるでショパンがそこにいるような演奏もあった。2010年度ショパン国際コンクール第4位のエフゲニ・ボジャノフさん(Evgeni Bozhanov、ブルガリア)のソナタ3番は、特に第3楽章は緩やかな緩やかなテンポの中で、ショパンが人生最期に見たであろう走馬灯のように、様々な記憶と感情が旋律に投影されていく。音と音、フレーズとフレーズの間には数年分の記憶が詰まっているかのように、一瞬一瞬が極度に凝縮されていた。聴衆も完全に息を呑んで次の一音を待つ、そんな緊張感が会場全体に満ちていた。(2010年 ショパン国際コンクール第三次予選・1日目)

両者ともに、俯瞰の視点をもちながら、極めて個人的な声で語りかけてくる。作曲家個人の切なる声が、めぐりめぐって、演奏者の切なる声を通して語られる。作曲家と演奏家の間に、「個の物語」が真に共有された瞬間なのだろう。

パリ国立高等音楽院でアナリーゼを教える作曲家クロード・ルドゥ氏は、「アナリーゼにおいて一番大事なのは、「私はあなたに真実を教えているのではなく、あなたが『楽譜に何が起きているのか』を気づかせるための要素を教えている。それをあなたの感情と関連づけ、あなたの深いところと結びつけてほしい。それを使って、あなた独自の演奏をしてほしい」ということなんです」と語る。(「音楽知識と感覚を結びつけるアナリーゼとは」

第2章②「音楽を内在化させてから表現すること」もご参照頂きたい。

  • 一部表記を変更しました。

第4章:推察力&発想力(1)見える音空間を関連づける(プログラム)

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