第4章:推察力&発想力(6)1曲から音空間を広げよう・調性編
推察力&発想力
音楽には、人間の感情が投影されている。二部形式、三部形式、ソナタ形式、ロンド形式・・といった形式は、いわば物語の語り口(ストーリーテリング)ともいえる。作曲家はどんな心情や問いをテーマにしたのだろうか。それを巡り、どのように感情や思考が揺れ動き、どう解決されるのだろうか?
今回は調性をテーマに、1曲から様々に展開してみた(テーマ曲は、2017年度ピティナ・ピアノコンペティションD級課題曲より選択)。ソナタ形式の曲において、調性がどう変化しているかを聴き、感情の変遷を読み解いてみよう。
- 提示部(第1主題) ヘ長調( 短調への転調あり)
- 提示部(第2主題) 調
- 展開部 調~
- 再現部 調
- コーダ ヘ長調
第1主題において、 短調への転調は印象を急変させる。これは1770年代前後、文学を中心に起こった芸術思潮であるシュトゥルム・ウント・ドランク(Sturm und drang、嵐と激情)に影響を受けている(Claude Abromont "Guide des Formes", p160)。18世紀に起こった理性を至上とする啓蒙思想に対し、個人の感情を率直・劇的に表現する思潮である。期間的には短いが、その後に訪れるロマン派の先駆けとなった。
《答え&聴く》 モーツァルト ソナタ第12番K.332
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モーツァルトによる同じ調性の作品も聴いてみよう。調性は同じでも、異なる転調は異なるドラマをもたらす。展開部は何調から始まっているのか(空欄)、その後の転調は物語にどのような効果をもたらしているのだろうか、作品番号順に追って聴いてみよう。
ディヴェルティメントK.138 ヘ長調 (日本語では 。全体の曲調を聴こう) |
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ディヴェルティメントK.213 ヘ長調 | 音源 |
ピアノ協奏曲第11番K.413 ヘ長調 (展開部 調~) |
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ピアノ協奏曲第19番K.459 ヘ長調 (展開部 調~) |
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4手のためのピアノソナタK.497 ヘ長調 (提示部から始まる、長調・短調への度重なる転調を聴こう) |
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ピアノソナタK.533/494 ヘ長調 (展開部 調~) |
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上記のピアノソナタやピアノ協奏曲のように、短調への転調は、物語に劇的な変化をもたらす。モーツァルトのニ短調、ハ短調は、ピアノ協奏曲27曲中2曲しかない短調作品の調性にもあたる。それぞれの短調にはどのような性格があるだろうか。喜びの中の切なさ、物哀しさの中の喜び・・モーツァルトはいつでも長調と短調の世界観が同時に存在しているかのようだ。ふとしたはずみに転じる別世界のように、パラレルワールドのように。モーツァルトによるニ短調、ハ短調、イ短調の作品から、もう一つの世界観を感じてみよう。
- ピアノ協奏曲第
番 K466(1785年)
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K.626(1791年・未完)
-
K.427(1782~1783年・未完)
- ピアノ協奏曲第 番 K491(1786年)
- ミゼレーレK.85
- ピアノソナタ第
番K.310(1778年)
- K.511(1787年)
長調作品の提示部は、第1主題が主調、第2主題が属調になることが多いが、展開部は自由に転調されている。その自由度は作曲家によって異なり、それによってテンション(緊張)の度合いも変わる。主調から離れるほど意外性や新規性が生まれ、テンションが高まる。冒頭で示されたテーマや問いについて、さらに想像を膨らませ、考えを巡らせ、想いを募らせているかのようである。ハイドンとベートーヴェンによるソナタ形式のヘ長調作品を聴き、展開部が何調で始まり、どの遠隔調まで用いたのか、どのように再現部へ戻るのかを聴いてみよう。
第1楽章
- 提示部(第1主題) ヘ長調
- 提示部(第2主題)
調
- 展開部 調~ 最も遠隔調: 調
- 再現部 調
- コーダ ヘ長調
第1楽章
- 提示部(第1主題) ヘ長調
- 提示部(第2主題)
調
- 展開部 調~ 最も遠隔調: 調
- 再現部
調
- コーダ ヘ長調
第1楽章
- 提示部(第1主題) ヘ長調
- 提示部(第2主題)
調
- 展開部 調~ 最も遠隔調: 調
- 再現部
調
- コーダ ヘ長調
第1楽章
- 提示部(第1主題) ヘ長調
- 提示部(第2主題)
調
- 展開部 調~ 最も遠隔調: 調
- 再現部
調
- コーダ ヘ長調
第2楽章(ソナタ形式)
- 提示部(第1主題) ヘ長調
- 提示部(第2主題)
調
- 展開部 調~ 最も遠隔調: 調
- 再現部
調
- コーダ ヘ長調
第1楽章「田舎に到着したときの朗らかな感情の目覚め」
- 提示部(第1主題) ヘ長調
- 提示部(第2主題)
調
- 展開部
調~ 最も遠隔調:
調
- 再現部
調
- コーダ ヘ長調
※1808年ウィーンにて、ピアノ協奏曲第 番Op.58、交響曲第 番Op.67とともに初演。
展開3《答え&聴く》
- 提示部(第1主題) ヘ長調
- 提示部(第2主題) ハ長調
- 展開部 ハ長調~ 最も遠隔調:イ長調
- 再現部 ヘ長調
- 提示部(第1主題) ヘ長調
- 提示部(第2主題) ハ長調
- 展開部 ニ長調~ 最も遠隔調:イ長調
- 再現部 ヘ長調
- コーダ ヘ長調
- 提示部(第1主題) ヘ長調
- 提示部(第2主題) ハ長調
- 展開部 ニ短調~ 最も遠隔調:変ロ短調
- 再現部 ニ長調
- コーダ ヘ長調
- 提示部(第1主題) ヘ長調
- 提示部(第2主題) ハ長調
- 展開部 イ長調~ 最も遠隔調:変ロ短調
- 再現部 ヘ長調
- コーダ ヘ長調
- 提示部(第1主題) ヘ長調
- 提示部(第2主題) ハ長調
- 展開部 イ長調~ 最も遠隔調:ロ長調
- 再現部 ヘ長調
- コーダ ヘ長調
- 提示部(第1主題) ヘ長調
- 提示部(第2主題) ハ長調
- 展開部 変ロ長調~ 最も遠隔調:ホ長調
- 再現部 ヘ長調
- コーダ ヘ長調
※1808年ウィーンにて、ピアノ協奏曲第4番Op.58、交響曲第5番Op.67とともに初演された。
ロマン派になると、さらに形式・調性ともに自由度が増してくる。心の内側は、繊細で優しい感情と、荒れ狂うほどの激情が二極対立し、しばしば形式という枠組みを超えて表現される。繊細な心の変化を表現したり、音に微妙な色彩感を出すために、半音階主義も増えてくる。また物語的性格の強いバラードなどが登場する。たとえばショパンのバラード第2番は、全く性格が異なる2つの主題を揺れ動きながら、劇的さを増していく。最後はどのように終わるだろうか?ソナタ形式ではないが、調性の変化を聴き取ってみよう。
- 第1主題(Andantino)ヘ長調
- 第2主題(Presto con fuoco) 調
- 展開・再現⇒コーダ 調
展開4《答え&聴く》
- 第1主題(Andantino)ヘ長調
- 第2主題(Presto con fuoco)イ短調
- 展開・再現⇒コーダ イ短調
今回はピアノ作品以外も多く取り上げましたので、各種音源を扱っているナクソス・ミュージック・ライブラリへのリンクを掲載させて頂きました(要有料会員登録・最初15分間の無料体験あり)。
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第4章:推察力&発想力(7)1曲から音空間を広げよう・思想編