第2章:感受力&即応力(2)聴覚と身体を結びつける
感受力&即応力
音楽を聞くと思わず身体が動いてしまう、という経験は誰にでもあるだろう。音楽に合わせて身体を動かす、歌う、楽器を演奏するといった音楽活動は、エンドルフィンを分泌することが分かっている。脳内でエンドルフィンが分泌されると深い感情が生まれる。人類の祖先は毛づくろいによって集団内の絆を強めてきたが、旧人であるネアンデルタール人は音楽を取り入れた(ハミングする、踊る、手拍子をたたく等)。共に音楽を奏でることは、毛づくろいに匹敵するほどの感情伝達力があるということだ。一方、ただ音楽に耳を傾けているだけでは、エンドルフィンは分泌されないという実験結果が報告されている(『人類進化の謎を解き明かす』p197、ロビン・ダンバー著、鍛原多恵子訳、インターシフト、2016年)。
また音楽と一緒に身体を動かすことは、情動だけでなく、知覚も動かす。フランスの小学校で行われた音楽聴取実験によると、音楽に合わせて身体を動かすと、受動的に音楽を聴くだけでなく、能動的に音楽を理解しようとすることが分かっている(参考:「感から知に変える、音楽の聴き方~フランスの小学校で行われた実験」)
この実験では、児童たちに同じ曲を2回聴かせ(ドビュッシー「アナカプリの丘」前奏曲第1巻5番)、1回目は聴くだけ、2回目は音楽に合わせて身体を動かせた。児童の一人は、「1回目は自分が音楽を"見ている"感じ、2回目は音楽に"触れている"感覚がした」と、体感が増したことを伝えている。リズム、メロディ、協和音、不協和音、強弱、抑揚、感情表現など、音楽のどの要素に反応するかは子供によって異なる。「なに、今の!?」「面白い!」「ちょっと不気味」「なんか楽しくなってくる!」「もう一度聞きたい」・・いろいろな反応があるだろう。自分が感じとったものを身体の動きに結びつけることによって、体感とともに知覚され、音楽が内在化されていく。第1章で述べた「情から知へ」の受け渡しである。
今、日本でもリトミックが盛んである。音楽に合わせて身体を動かすことを小さい頃から続けていると、年が長じるにつれて、より微細な音の変化にも意識が向けられるようになる。日本の事例「自然に音楽を体感し、理解するリトミック」もご参考頂きたい。
音楽に合わせて身体を動かすことは、発話のプロセスと同じように、まず音を内在化させ、イメージをもち、それを外へ向けて表現することになる。"音楽を内在化させる"というと大げさだが、多くの人がいつも何気になく行っていることである。たとえば、ふと耳に浮かぶあの曲のフレーズ、つい口笛で吹いてしまうメロディ・・などは、自分の内にある音楽のイメージが、感情や感覚と結びついているということだ。それだけで人生が少し楽しくなる。
音楽と自分の内なる感覚を結びつけることは、後々、音楽表現にも豊かなものをもたらす。たとえば国際コンクールやコンサートでも、自分の内側から音楽が豊かに湧き出てくる演奏には、やはり心を打たれる。表面上を美しくなぞっている演奏なのか、演奏者と作曲家が情や知で深く結びついている演奏なのか。音楽にどれくらい寄り添い、感じて受けとめているのかによって、聴き手への伝わり方も変わってくる。そう考えると、音の出し方、解釈、選曲など、すべてがその人自身を現している。こちらは2015年度チャイコフスキー国際コンクールのレビューより。