ピティナ調査・研究

第11回:コロナ禍の乗り越え方を振り返る

脳科学者・瀧靖之先生が答える 「ピアノって本当に脳にいいの?」

第11回 コロナ禍の乗り越え方を振り返る

4月初に「逆境の中でのピアノ学習」を寄稿してくださった瀧靖之先生に、ピティナのウェブサイトを通じてこの期間のピアノ指導者の方々の取り組みをご覧いただき、インタビューをさせていただきました。

「乗り越えた経験」が支える、新しい生活様式へのシフト
瀧先生ご自身の、自粛期間と現在でのご様子を教えてください

コロナ禍も少し落ち着き、大学の方もやっと研究活動が本格化できるところまで来ました。私もまさにこの三か月、毎日ピアノを弾いて、Stay at Home, Keep on Musicを実践し、ピアノの持つ力、素晴らしさを再認識していました。

自粛期間に多くのピアノ指導者が、オンラインレッスンや課題曲チャレンジのような未知の領域へ前向きに挑戦し、ピアノ学習の継続の方法を模索したことについて、どうお考えですか?

ピティナのwebを拝見しましたが、このコロナ禍において、ピアノ指導者の方々が力を合わせて新しい形を模索して大きな流れが作られ、本当に素晴らしいことと心が打たれました。今回の事態は、私達の生活様式のみならず、人生の価値観まで大きく揺るがすようなものでした。しかし一方で、どのような状況になっても、それを克服する道は必ずや存在すると考えられますし、新しい生活様式へのシフトとしてオンラインレッスンやwebを用いた課題曲チャレンジは、まさに新しい選択肢になったと思います。

この時期の特徴として、全国の指導者が自らの実践の経過や情報を、積極的に共有しようという動きが出てきました。

これは実用的な意味以上のことがあると考えられます。このような行動を通して他人に対する「貢献感」を持つということは、世の中の役に立っているということを実感させ、やりがいや生きるモチベーションを生み出し、脳を若々しく保ちます。

そしてこの時期を乗り越えたという経験は、前回お話したPTG、つまり困難に対する精神的な奮闘の結果としてのポジティブな心理的変化として皆様の中に残るはずです。

ピアノ学習の継続は「心の安定」と「スムーズな再開」を助ける
今回のような状況の中で、ピアノ学習・レッスンを継続したことの持つ意味、価値は何でしょうか。

最も大きな価値は、心の安定だと思います。コロナ禍での自粛生活は心身に大きなストレスを与えたと考えられますが、その中において何かに集中することはストレス軽減、主観的幸福感の向上に非常に効果があると思います。「これをしているとホッと安心できる」と言える趣味があると、イライラから抜け出す力は格段にアップするものです。また、音楽を通して、例えばご家族や指導者の先生とのコミュニケーションが増えることも、心身の健康に非常に有用と考えます。

ピアノの上達という面でも、「全くやめてしまう」のと、少しずつでも「やり続けている」ことでは、もっと大きな差がありますので、何等かの形で継続してアイドリング状態を作っておいたことは、対面レッスンのスムーズな再開につながったのではないでしょうか。

レッスンを通じたコミュニケーションが脳に与える刺激
レッスンを休んで1人でピアノ学習に数か月取り組んだ場合と、オンラインなどでレッスンを続けた場合とで、脳で刺激される分野や程度に差がありますか?

あくまでも脳科学的な推論になりますが、模倣と社会性、という観点で差が出る可能性はあります。やはり、オンラインでもレッスンを受けて先生の弾く姿を見たり会話を行うことで、模倣や社会性に関わる脳領域、具体的には、前頭前野内側、後部帯状回、頭頂側頭接合部等、いわゆる心の理論に関わる領域等への刺激の頻度がより増えると考えます。

一般的に言っても、一日中誰とも関わらずに過ごした時と、たくさんの人と交流した時を比較すると、脳の活性度合いには雲泥の差があります。人と関わることで安心感を得ることができますので、レッスンを通じて先生とコミュニケーションを取ること自体が、生徒さんのストレス軽減に効果があると考えられます。

オンラインでのレッスンと対面レッスンを比べた時、ピアノ学習や脳の働きの面でどう異なりますか?

オンラインでも指導者とのレッスンする方が上記のメリットがあるものの、やはり対面レッスンでは、コミュニケーションで伝わる情報量が圧倒的に違います。例えばダイレクトな対話における表情や仕草、演奏時の体全体の動き、息遣い、そして楽器からの音そのものをダイレクトに感じるため、情報量がさらに増え、上記の領域への刺激がより大きくなる可能性があります。

逆に、オンラインだからこそ発達したかもしれない領域があれば教えてください。

こちら、大変難しい問題です。例えば第二言語習得も、最初は苦労するので言語野の活動が増えますが、ある程度慣れてくると、脳はエネルギーをより効率的に使うようになるため、活動は小さくなります。それと同様に、オンラインで慣れない中、必死に模倣や会話を駆使して伝えよう、聞き取ろうとするため、脳の活動という点では、特に初期には上記の領域がより活発に活動していた可能性があります。

今後に向けて
イベントが自粛される中、オンラインでステップや課題曲チャレンジに参加することには、どのような効果がありますか?

目標を持つことが、適切なストレスを与えてくれると考えられます。過度なストレスは脳に負担になりますが、適度なストレスを持って目標に向かうことで、同じ活動にもやりがいや達成感をプラスし、脳への定着度を上げることができると考えます。

今後の対面レッスンの再開で補うとよい部分は脳科学的にありますか?

やはり演奏を通した多くのコミュニケーションと対話が大事になってくると思います。ZoomやSkype等のwebサービスでも相手の表情や仕草は見えますが、対面での会話は、それをはるかに超える表情、しぐさ、息遣い等の情報量があり、お互いの心の共有を助けると考えます。リモートででも繋がることは大変素晴らしいですが、やはり、対面でお互いの気持ちをより深く理解しあうことこそが重要と考えます。今後もバーチャルとリアルのコミュニケーションを上手に使い分けられるとよいですね。

この機会にピアノ指導者や学習者へ伝えたいメッセージはありますか?

今回のコロナ禍では、本当に心身へのストレスが大きかったかと思いますが、その中において楽器演奏は日々の心の安定、拠り所となった方々も大変多かったのではないでしょうか。音楽、楽器演奏は困難を乗り越えるうえで本当に大きな力になると思いますので、ピアノ指導者の方々も学習者の方々も、みな音楽の持つ素晴らしさを改めて感じて、日々のレッスンのますます大きなモチベーションになればと思っています。

(取材:2020年6月18日 二子千草)

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