ピティナ調査・研究

第7回:ピアノ演奏に関わる分野は、それぞれいつ頃発達するの?

脳科学者・瀧靖之先生が答える 「ピアノって本当に脳にいいの?」

第7回 ピアノ演奏に関わる分野は、それぞれいつ頃発達するの?

ピアノ演奏には、それぞれの能力ごとに対応する脳の領域があることが分かりましたが、それぞれ、いつ頃発達するのでしょうか?

脳の発達の時期と、それぞれの能力の獲得とにはどう関係がありますか?

人間の脳の神経細胞の数は、実は生まれた時が最大です。しかし、成長とともに細胞同士のつながりが増え、神経回路が密になっていくことで、脳は発達します。生後から思春期にかけて、脳の神経回路の密度はピークを迎えます。

脳の成長(細胞数と神経回路の密度)の概略図

しかし脳の発達の時期や速度は、脳内の領域によって異なります。脳のそれぞれの領域に、発達のピーク期である「臨界期」があります。「発達の臨界期」は、その分野の能力を高めるのに最も適した時期であり、その領域が担う能力を効率よく習得することができます。平たく言えば、それ以外の時期には苦労して手に入れる能力も、「発達の臨界期」には比較的スムーズに獲得することができるということで、そのため「発達の黄金期間(ゴールデンタイム)」と言われたりもします。

つまり、それぞれの年齢に適した能力を伸ばすことで、効率よく様々な能力を身につけることができるということです。

ピアノに関わる能力はそれぞれ、いつ頃発達するのでしょうか?

脳医学的側面から言うと、脳は全体的に「後ろから前」に向かって発達していきます。生まれてから順を追ってお話していきましょう。

脳の血流量の年齢による変化(脳は後ろから前へ成長する)
★胎児~0歳:「見る」「聴く」などの感覚系が発達、愛着形成の礎を築く

赤ちゃんがまず発達させるのは、感覚系(五感)です。赤ちゃんは五感によって愛情を感じ、脳を刺激して発達を促していきます。この段階での「愛着の形成」は人の情緒的な土台となり、その後の成長において大切な要素となります。

五感の中でも特に「視覚」「聴覚」は、生まれてすぐにすさまじいスピードで発達します。「見る」ことに関しては、生後すぐに明暗を感じ、1~2か月で形や色を認識、4か月ごろには動くものを目で追うようになります。

音を「聴く」ことに関しては、生後すぐに大きな音に反応しますが、半年後にはもう音の違いを聞き分け、9~12か月では聞こえている音が言語かどうかを認識していると言います。聴覚は、このように生後まもなくから3~5歳ごろまでで、ある程度が完成すると考えられています。

この頃の絵本の読み聞かせなどは、愛着形成につながり、また視覚、聴覚を刺激する、非常に適した親子活動だと言えます。このように、赤ちゃんとの生活にその分野を刺激する活動をさりげなく取り入れることが、目や耳の力を育み、ひいては音感の下地を作ることにも通じると考えられます。

脳のシナプス数の年齢による変化(聴覚野、視覚野、前頭葉)
★ 1~2歳:音の響きとして丸暗記する

1歳からは言葉に興味を持ちだします。1~2歳ごろには、音と言語を認知する言語野が発達するのです。この時期の子供は、機械的記憶の能力がとても高いので、意味を理解して学ぶというよりも、ただ繰り返し聞くことで丸暗記してしまいます。つまり、言葉であっても音の響きとして聞いている可能性が考えられます。

★2~3歳:知的好奇心が芽生える

2~3歳ごろは、自分と他人、自分と外の世界との区別がつき始め、知的好奇心が芽生える時期です。脳のどの領域というのは難しいですが、図鑑を始め、色々な体験から、知的好奇心を刺激し、伸ばすのにはとても良い時期となります。

★ 3~5歳:指先の巧緻性を担う「運動野」の発達がピーク

3~5歳には、「運動野」の発達がピークを迎えます。この時期には、身体の巧緻性、つまり指先の動きなどの細かい運動や器用さが身につきやすくなります。ですから、バランス感覚や器用さが求められる運動や楽器演奏などは、この時期のスタートが最も効率がよいと言えます。そして、この時期に身につけたこうした運動能力は、将来、基礎的な能力として残り、種類を変えても能力を発揮していくことができると考えられています。

ピアノ演奏では身体全体の運動を伴うとともに、特に、考えながら左右の手を使うので、左右の脳をつなぐ「脳梁(のうりょう)」という神経線維、そして、脳と手をつなぐ「錐体路(すいたいろ)」という神経ネットワークを発達させます。

★8歳ごろ~思春期:思考やコミュニケーション能力が発達

8~10歳ごろは、言語野の発達がピークを迎えます。言葉を処理する脳の領域と、音を処理する脳の領域はいずれも言語野が関係すると言われているため、言語野の発達により、音の分解能、つまり音の聞き分けが良くなると考えられています。

また、10歳ごろから思春期にかけても発達し続ける「前頭葉」は、思考、判断力、計画、創造、コミュニケーション力などの、高次認知機能と言われるものを司ります。この分野は、感覚を司る「後頭葉」に比べて遺伝率が低く、本人の努力や環境によって変わる確率が高くなります。

この観点から、この時期のピアノ教育には、ただ繰り返しで覚えるというよりも、思考や創造を伴うもの、レッスンや家庭でのコミュニケーションを重視した音楽的環境づくりなど、生徒の心の発達にあわせた指導が大切になってくるのではないでしょうか。

なるほど、生徒さんの年齢に合わせた脳の発達を考慮することで、効率よく、また生徒さんも指導者もストレス少なく、ポジティブな体験としてピアノを学ぶことができ、同時にその体験が脳の記憶力・思考力などの発達を促すことにも通じる、というわけですね。

次回へつづく。

(取材:2019/7/23 二子千草)

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