ピティナ調査・研究

第1回:最新脳科学から見たピアノ学習

脳科学者・瀧靖之先生が答える 「ピアノって本当に脳にいいの?」

第1回:最新脳科学から見たピアノ学習

脳科学者・瀧靖之先生

東北大学加齢医学研究所教授である瀧靖之先生は、約16万人の脳画像の画像診断や解析を通して、人間の脳の発達と加齢のメカニズム解明に迫る、脳のエキスパート。その瀧先生に、最新脳科学から見たピアノ学習について、お話を伺いました。

現在のお仕事と、どんなことをされているのか教えてください。

私は現在、東北大学の加齢医学研究所を拠点に、5歳の子供から高齢者までのたくさんの脳のMRI画像を活用し、「脳画像」「生活習慣」「認知力」「遺伝子」の4分野のデータベースを作って相互の関係を解析しています。それによって、例えば「どんな生活習慣が脳の発達によいか」や「どんな生活習慣が認知症の予防につながるのか」などの傾向を導き出しているのです。

脳のMRI画像とは、病院やドックなどで行われる、磁気と電波を使用して撮影した脳の三次元的な断面画像です。MRI画像では、脳の形だけでなく、脳の機能、血流量、脳のネットワークなどの情報を見ることができ、そこから脳の状態を知ることができます。

実は「子どもの脳の発達」と「高齢者の認知症」は通常別々の領域で研究されており、このように子どもから高齢者までを一つながりで研究をしている機関は、世界にも例を見ません。私たちは、脳科学、脳医学だけでなく、様々な診療科の医師、心理学者、教育学者などと多様な専門家のチームを組んで、データ解析に取り組んでいます。

脳のMRI画像

最近の研究の成果から、ピアノや音楽と脳との関係で見えてきたことは何ですか?

「子どもにとって楽器演奏をすることは、脳の発達によい」ということ、「高齢者にとって楽器演奏などの趣味・好奇心を持つことは、認知症のリスクを低下させ、健康的な脳の維持によい」ということです。これは、認知症予防学会でも、エビデンス(医学的根拠)のレベルが高いこととして認識されています。

「ピアノを習うことは脳にいい」というのは、経験的には以前より言われてきたことかもしれませんが、脳科学的にエビデンスを以て言われ出したのは、実はここ5年から10年のことなのです。

瀧先生ご自身とピアノとの関係は?

小学2年から5年生の頃にピアノを習っていました。しかしその頃はピアノが嫌で、野球の方がやりたくてピアノはやめてしまいました。それ以来、35歳まで全くピアノには触れない生活をしてきました。

しかし、どこかにやり遂げなかった心残りがあったのか、または芸術全般が好きでジャンル構わず音楽もよく聴いていたことからか、35歳の時に一念発起してまたピアノを習い始めました。その時に私を駆り立てたのは、大好きだったラフマニノフの『パガニーニの主題による狂詩曲』の「あの旋律を弾きたい」という強い気持ちでした。今でもそうして弾きたい曲を選んで練習をし、週1回レッスンに通い続けています。

海外の学会に行った時には、ホテルのロビーのピアノを弾いたことから、普通では知り合えないような高名な学者の方との親交が始まったこともありました。ピアノは世界に通じる立派なコミュニケーションツールでもあります。加齢医学研究所にもストリートピアノを置き、学生やスタッフが自由に弾いたり、時に演奏家を呼んでコンサートを開いたりして、コミュニケーションを広げる起点ともなっています。

東北大学加齢医学研究所内に設置したストリートピアノ

ピアノ指導者やピアノ学習者へぜひ伝えたいことは

ピアノを弾くということは、科学的に見ても脳の発達によいことです。それは、単に脳の領域が活性化されるということに留まらず、ピアノを弾くことを通して、様々な方とのコミュニケーションツールを得、どの分野にも通じる上達のストラテジーを学び、幸福感を感じ、熱中できる趣味を持つことが、ひいては人生の幅を広げ、生涯に亘って健康な脳を維持することにつながっているからです。

また主観的幸福度が高いほど、脳の健康にリスクを与えるストレスレベルを下げる効果があります。従って「ピアノの上手下手」よりも「好きで楽しんでいる」ことの方が、健康的な脳の維持に大切だということも、お伝えしたいことです。

ピアノを学ぶことは、一石三鳥、いやもっと得るものが大きいかもしれません。ピアノ指導者の方には、ご自身がいかに素晴らしい活動をしているのかということを、もっと知っていただきたいと思っています。次回からの記事の中で、詳しくはお話していけたらと思います。

―次回からは、ピアノと脳にまつわる疑問にQ&A形式で瀧先生にお答えいただく予定です。

(取材:2019/7/23 二子千草)

瀧靖之◎たき やすゆき

東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター センター長。東北大学加齢医学研究所教授。医師、医学博士。
東北大学加齢医学研究所及び東北メディカル・メガバンク機構で脳の MRI画像を用いたデータベースを作成し、脳の発達や加齢のメカニズムを明らかにする研究者として活躍。読影や解析をした脳MRIは、これまでにのべ約16万人に上る。
「脳の発達と加齢に関する脳画像研究」「睡眠と海馬の関係に関する研究」「肥満と脳萎縮の関係に関する研究」など多くの論文を発表している。
著書は、「生涯健康脳(ソレイユ出版)」「賢い子に育てる究極のコツ(文響社)」「本当は脳に悪い習慣、やっぱり脳にいい習慣(PHP研究所)」始め多数、特に「生涯健康脳」「賢い子に育てる究極のコツ」は共に10万部を突破するベストセラーとなっている 。テレビ東京「主治医が見つかる診療所」、「NHKスペシャルアインシュタイン 消えた“天才脳”を追え」、NHK「あさイチ」、TBS「駆け込みドクター!」など、メディア出演も多数。現在、『脳活ピアノ(R)振興会』の活動にも参加し、ピアニストの蔵島由貴氏、アルデンテ・ミュージックCO.,Ltd等と、ピアノ人口の更なる拡大を目指し活動中。