第8回:「イヤイヤ練習」と「楽しく練習」とでは、上達に差があるの?
第8回「イヤイヤ練習」と「楽しく練習」とでは、上達に差があるの?
「イヤイヤ練習するのと、楽しく練習するのでは、楽しく練習した方が上手くなる」というイメージがありますよね。でもそれは、ただ「楽しい方がたくさん練習するから」であって、同じ練習量だったら、「イヤイヤ」でも「楽しく」でも結果は同じなのでは―そういう考えが頭をよぎったこと、ありませんか?脳科学的には、どう考えられるのでしょうか?
実は、アメリカのカリフォルニア大学で興味深い研究があります。「知的好奇心と記憶力の関係」に注目したもので、知的好奇心がドーパミンという脳内物質の分泌を促し、記憶力の向上に影響を与えることを科学的に証明しました。つまり、人が何かに対して知的好奇心を持っている方が、記憶力が高まるということです。
これには、脳内の「扁桃体」と「海馬」という2つの領域が大きく関わっています。「扁桃体」は側頭葉の内側の奥にある直径1㎝ほどの領域です。ここでは主に、五感から得た情報を、大きく「快」と「不快」の2つの感情に仕分ける役割を担っています。
「扁桃体」で「快」や「好き」といったプラスの感情に判断されると、報酬系という神経器官に対して、「ドーパミン」という神経物質を分泌するよう指令が出されます。この「ドーパミン」が分泌されると、脳が刺激され、活性化するのです。
もう1つの大事な領域「海馬」は、主に記憶をコントロールする所です。人が体験したことは一旦「短期記憶」に留められ、それが「海馬」において判断・整理整頓されて、重要なものは「長期記憶」として残されます。この「長期記憶」には、家族の名前や言葉の意味など(意味記憶)、幼少の思い出や先週の記憶など(エピソード記憶)だけでなく、スポーツやダンス、楽器演奏など身体で覚える記憶(手続き記憶)も含まれています。
「記憶力」は思考力の基礎であり、また「海馬」は脳内の様々な領域とつながるハブとしての機能も持つことから、「海馬は脳の司令塔」であるとも言われています。そして、脳内で唯一、何歳になっても神経細胞が新しく生まれ続ける領域であり、ここを鍛えて体積が大きくなると、記憶や思考に関する能力が高まり、さらに脳のあらゆる領域を発達させる能力が高くなると考えられています。
今回の話の重要なポイントは、ここで話した感情を司る「扁桃体」と、記憶を司る「海馬」が、脳内で非常に近い場所にあるということです。単に近いだけでなく、海馬と偏桃体との間に密接な線維連絡があるため、機能も密接に関係しています。そのため、「扁桃体」で感じた感情は、「海馬」の働きに大きな影響を与えているのです。
「扁桃体」で「好き・快」と判断され、「ドーパミン」が分泌されると、「海馬」がプラスに刺激され、記憶力を高める、思考が深まる、達成感ややる気を生じさせる、といった効果が生み出されます。
反対に、「嫌・不快」というマイナスの感情が働くと、ストレスホルモンが分泌され、「海馬」の働きが抑制されて記憶力の低下を招き、神経細胞の誕生が抑えられてしまうので長期的には海馬の萎縮にも繋がります。
また、深く感動したり驚いたり、と感情が大きく動くと、「海馬」への刺激も大きくなるので、脳にも深く刻み込まれやすくなります。
つまり、楽しい、知的好奇心が湧く、感動する、できた、ほめられた、というポジティブな経験は、記憶力や思考力を高め、逆に嫌だ、辛い、つまらない、失敗した、叱られた、といったネガティブな経験は、記憶や思考に悪影響を与えてしまう、ということが言えるのです。
これをピアノの学習にあてはめるとどうでしょう。
「楽しい練習」「好きな曲」「できた」「ほめられた」「深く感動する」「好奇心をそそる」といった体験を伴ったピアノ学習からは、指の動作や身体の使い方といった「手続き記憶」や楽譜や学習内容の理解といった思考力や記憶力のアップ、ひいては脳全体の活性化を臨むことができます。
逆に「イヤイヤ練習」「心を動かされないつまらない練習」「その曲を好きになれない」「失敗の辛い経験」「叱られる」「ネガティブな反応を受ける」といったストレスのかかるピアノ学習では、頭も身体も「覚えられない」「理解できない」「次への向上心が湧かない」といった「辛い記憶」を生み出してしまい、ピアノ学習の向上、継続が難しくなってしまうと考えられます。
でも、「最初から好きな曲」「楽な練習」だけしていればよい、というわけにはいかないですよね。いかに「楽しい・好き」と思ってもらえる体験を増やせるか、練習方法の提示や声がけの仕方などが、指導者や保護者の力の見せどころ、といったところでしょうか。ここからはプロの指導者、親御さんにお任せする所ですが、例えば「小さな成功体験を重ねる」ということも、一つのヒントだと思います。目標を細かくして「できた」という経験を増やし、ほめられたり達成感を感じたりする機会を増やすというやり方です。
また、「扁桃体」は発達とともに物事に「好き・嫌い」のレッテルを貼っていくようになります。しかし人間には、身近なもの、以前から見知っているものを好むという性質があります。ですから、音楽に対しても、「好き・嫌い」のレッテルが貼られてしまう前に、小さいうちから様々なジャンルの音楽に親しませておき、「好き」を増やしておくというのも、家庭でもできることの一つだと思います。
実はこの「知的好奇心」や「快」と「記憶力」との関係の話は、子どもの成長過程の話だけに留まらず、高齢者の認知症予防という所ともつながっていくのですが、その話はまたの機会にしたいと思います。
次回へつづく。
(取材:2019/7/23 二子千草)
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