第9回:ピアノの能力が上がると、他の能力もアップする?(1)脳の機能の向上
第9回ピアノの能力が上がると、他の能力もアップする?(1)脳の機能の向上
様々な分野で活躍する人、高学歴の人の中には、実はピアノが上手な人が多い…という話を聞きます。もちろん親が教育熱心など環境によるものも大きいと思いますが、それだけでしょうか?脳科学的に、ピアノの能力とピアノ以外の能力の向上の間に、関連は認められますか?
最近の脳科学の研究に照らすと、ピアノ学習が、直接ピアノに関わらない他の能力までも成長させる可能性は十分に高いと言えます。
これは大きく2つの観点から示すことができます。
(1)ピアノ学習が、脳の関連領域の機能全体をアップさせるため、他の能力も向上する
(2)ピアノ学習により、非認知能力がアップし、それが他のあらゆる分野で発揮される
今回は、脳の領域の機能の向上という側面を見てみましょう。
第8回の記事で見てきたように、ピアノ学習の過程で喚起された「知的好奇心」や「快」は、「記憶力」や「思考力」を司る脳の「海馬」を刺激します。この「海馬」は、ただ刺激されて活性化するだけでなく、実際に「海馬」の神経細胞自体が増えるのです。これは他の神経細胞が生後減少し続けるのに対して、「海馬」だけが持つ特権で、1998年のアメリカでの研究により分かってきました。
「思考力」はあらゆる学習の基礎であるとともに、「海馬」は脳のあらゆる領域と連携するハブの機能を持つため、ピアノ学習により「海馬」の発達を促すことは、あらゆる学習や能力の向上につながります。(第8回参照)
さらに新しい研究の成果(2004年Nature誌)により、「海馬」以外の脳の領域も、刺激を与えることによって、神経細胞間のネットワークを発達させ、体積を増やし、その領域の働きを高めることが分かったのです。それを「脳の可塑性(かそせい=自らの形を変化させる性質)」、と言います。例えば、ピアノのトレーニングをやるほど左右の脳をつなぐ脳梁の領域が厚くなるとか、アスリートは運動関係の脳の領域が大きくなる、などといったことに表れています。さらに、トレーニングするとその領域の「可塑性」、つまり変化する力自体もアップするのです。つまり、ピアノのトレーニングによって可塑性を高めることにより、他の分野についても、脳を成長させやすくすることもできるのです。
これらは、「脳の神経細胞数は減少する一方」「脳は12才ごろまでにほぼ完成し、その後ほぼ変わらない」といった昔の定説を覆す、大発見でした。年齢を重ねると「海馬」の新しい細胞を作るスピードや、「可塑性」の機能が低下したりはしますが、トレーニングをすることによって、細胞を作るスピードや可塑性の低下を遅らせることもできるのです。
ピンポイントの能力だけでなく、その領域に関わる能力全般が向上する(汎化)
こうして物理的に脳の領域が発達するわけですが、ここで大事なのが、例えばピアノの練習によって、右手の指を動かすのが速くなった、遠くの音に間違いなく飛べるようになった、などといった具体的な成果があったとして、それは、ただ、その指の運動能力が上がった、その鍵盤の間の空間認知がすぐできるようになった、という個別具体的な発達だけには留まらないということです。
脳の領域は、もちろん1つのことをするわけではなく、多くの機能を担っています。そして、あることをトレーニングすると、そのピンポイントの能力だけでなく、その領域が関わる他の様々な分野の能力までも向上させるという性質を持っているのです。それを脳科学の用語では「汎化」と呼びます。
つまり、非常に簡略に言ってしまえば、その指の運動能力だけでなく、それを担う運動野全体の機能がアップし、ひいては他の運動能力の向上にもつながったり、ピアノの鍵盤上に限らず空間認知能力全体が上がる、ということです。ピアノのトレーニングをしていることが、同時に関連分野のトレーニングにもなっている、ということなのです。
「聴力」「視力」「言語能力」「空間認知能力」「巧緻運動」「全身運動」「運動の調節」「記憶」「ワーキングメモリ」「思考・判断」など…ピアノが直接関わる脳の領域だけでも非常に多いことを考えると(第2回参照)、ピアノ学習が「汎化」の作用によって向上させることができる能力が、いかに多岐に亘るかが分かるでしょう。
次回は、ピアノと今注目の「非認知能力」という視点から、ピアノ学習が持つ他の分野への波及効果を考えてみたいと思います。
(取材:2019/7/23, 2020/1/21 二子千草)
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