ピティナ調査・研究

第6回:本番前の食事と睡眠のポイント

脳科学者・瀧靖之先生が答える 「ピアノって本当に脳にいいの?」

第6回 本番前の食事と睡眠のポイント

本番をよりよい脳の状態で迎えるために、当日の食事や前日の睡眠でどのようなことに気を付ければよいでしょうか。

脳は多くのエネルギーを要するが、ためられない
脳の働きという点では、本番当日の朝食にはどのようなものが適していますか?

脳をよい状態できちんと働かせるためには、もちろん多くのエネルギーが必要です。脳のあらゆる領域の高度な活動が必要なピアノ演奏ではなおさらです。しかも、子どもの場合はさらに、第3回の記事で述べたように絶えず神経回路を作っては壊して…という繰り返しが頻繁なために、大人の2倍程度のエネルギー量が必要と言われています。

しかし、実は脳はエネルギーをためておくことができません。ですから、脳のエネルギー量を本番までしっかりと保つには、脳のエネルギー源となるブドウ糖を、ゆっくりと血液に流し込む必要があります。

まず、朝食を抜くのは論外ですが、同じ朝食を食べるにしても、菓子パンをかじるよりも、白いごはんにお味噌汁、魚、卵、といった食事の方が適していると言えます。何故かと言うと、菓子パンのような甘いものは一気に血糖値を上げ、その後一気に減少させるためです。血糖値が低下して脳にブドウ糖が行き渡らなくなると、集中力が低下して脳のパフォーマンスが下がります。

その点ごはんの方が血糖値の上下の変化がゆるやかで、他のおかずとあわせて食べることで、さらに糖の消化吸収を遅らせる作用が見込めます。従って、比較的長時間に亘って脳の血液中に効果的にブドウ糖を行き渡らせ、脳のパフォーマンスを保つことができるでしょう。

睡眠は「海馬」を発達させ、ダメージ物質も排出させる
睡眠時間は、本番の脳のパフォーマンスに影響しますか?

そうですね。実は睡眠に関しては、脳の「海馬」という記憶や思考を司る領域の発達と関係があるという研究の報告があります。一日平均8~9時間の睡眠を取っている人は、平均5~6時間睡眠の人よりも、「海馬」の体積が大きくなる、つまり海馬の成長が促進されるというのです。「海馬」というのは、脳の中で唯一、何歳になっても神経細胞が生まれ続ける領域なのですが、睡眠不足によって、新しい神経細胞が生まれるのが抑えられてしまうためです。

また、睡眠中には、脳細胞の間の隙間が60%ほど大きく広がり、脳内に蓄積するダメージ物質であるアミロイドベータたんぱくなどの老廃物を多く流してくれています。つまり、睡眠により、脳の神経細胞へのダメージを少なくすることができるのです。

しかし、人間にはホルモンの体内リズムがあるので、本番の前だからと言って急に生活リズムを変えると、逆に体のバランスを崩してしまうことがあります。これまで通りの生活リズムの方が、パフォーマンスも可能な限り一定に保てるように思います。ですから脳をよい状態に保つためには、短期的な対策ではなく、あくまで毎日の睡眠習慣が大切であると言えるでしょう。

寝る前に復習したら、すぐに寝る
本番の前日に、より効果的な睡眠のとり方はありますか?

大切な箇所を練習したり考えたりしたら、他のことをせずにすぐに寝ることです。人の睡眠中、脳は休んでいるのではなく、情報を整理したり、ふるいにかけて大切な情報を長期記憶へ保管したり、情報同士を関連づけたりという作業をしているのです。

ですから、何かを記憶したり、課題を考えたり、練習をしたことは、睡眠中に整理されて翌日を迎えることができるのです。私も問題解決や大切な決断の前には、寝る前にもう一度思い出して復習してから寝ることにしています。

しかし、せっかくの思考や練習も、その後に他のことをすると、「記憶のかく乱」が起きてしまい、よく定着しません。ですから、本番の前日は、寝る前に大切な所を10分でもいいので復習をして、その後すぐに寝ることをお勧めします。

次回へつづく。

(取材:2019/7/23 二子千草)