NHK「ピアノのおけいこ」研究発表報告
深水悠子(東京藝術大学講師)
去る2023年11月、岡山県音楽教育学会にて「ピアノ教育の向上を目指して」−NHK「ピアノのおけいこ」の講師が示した指導法とは−と題して講演を行いました。島根大学の藤井浩基先生、岡山大学の長岡功先生が拙連載をご覧になり、学会員に向けて「ピアノのおけいこ」についての講演の依頼を頂戴した次第です。これまで「ピアノのおけいこ」の研究に関して、多くの一次資料やピティナ会員へのアンケート実施を通じて調査が進む一方で、現場のピアノの先生に研究成果を還元する機会がありませんでしたので、お役に立てる素晴らしい機会と馳せ参じました。
講演では2つの点に重きを置いて準備しました。一つは、学会員の中でも番組を知らない方が多くいることから、時代背景も含めて番組の概要を紹介すること、そして二つ目は講演を通じて、先生方がレッスンに活用でき、さらに指導検討のきっかけになるような具体的な指導例を紹介することです。
戦後の「テレビ」と「ピアノ」の普及をグラフに示して、番組が放映された1962年から84年の時代背景を概説しました。「テレビ」が三種の神器として日本人の生活に入り込み、テレビを囲んだ夕食時の風景が定着していったのが、50年代後半から60年代前半です。そしてのヤマハ音楽教室の設立(54年)以降、子どもの習い事としての「ピアノ」が台頭し、ピアノが普及し花開いたのが60年代から70年代であり、80年代をピークに隆盛の時代を迎えます。それらの「テレビ」と「ピアノ」の急激な変化を背景に、番組はピアノ学習者を主な視聴者として獲得し、NHKの定番番組として定着していったことがわかります。
弘中孝氏、井上直幸氏、舘野泉氏の担当回を取り上げ、「テクニック」の指導法を比較しました。3氏は演奏家としての目線で、それぞれに音の出し方、体の使い方を子どもたちに伝えています。曲の構造を踏まえながら、どのようにテクニックを獲得するのかを筋道を立てて説いた弘中氏、作品に相応しい音色とその体の使い方を披露し、音楽性とテクニックを密接にリンクさせて示した井上氏、そして作品から想起される風景や色などから紐解き、叙情性のある演奏に昇華させるテクニックを詳らかにした舘野氏。講演では、3氏それぞれの異なるテクニック指導のアプローチを紹介しました。
一方で3氏のレッスンを見返していくと、共通した思いを持って子どもたちに接していたことがわかりました。それは「自分の音を見つけること」です。弘中氏は、モーツァルトのきらきら星変奏曲のレッスンで、「モーツァルトにはモーツァルト特有の音色がある。それを一方的に僕ら(指導者)が押し付けるのは簡単だけれど、自分たち(生徒)で見つけなくちゃいけない」と伝えています。井上氏も舘野氏もテキストなどを通じて同様に、いかに自分の音を見つけることが大切かを語り、舘野氏はそれを「一生をかけて見つけていくもの」であると説いています。音と向き合い続ける演奏家だからこそ発せられる説得力のある言葉であり、半年という短くない期間を指導するからこその言葉であると感じました。演奏家が講師を担った「ピアノのおけいこ」ならではの先生方の言葉をお借りして講演を締め括りました。
これまで全国の先生からお送りいただいたテキストの現物も自由もご覧いただき、時代の変化や講師の特徴なども感じていただくことができたと実感しています。
講演を通じて、これまでピティナ会員の先生方に協力いただいたアンケートやテキストなどを現場の先生方に還元することができました。岡山の音楽指導や教育に携わる皆様とお話しすることができましたことを、お誘いくださった長岡先生、藤井先生をはじめ、岡山県音楽教育学会の皆様に御礼申し上げます。
- 資料1は以下の各調査データに基づき作成・ピアノ生産台数及び、普及率「経済産業省生産動態統計調査」(およびその継続前調査)、「全国消費実態調査」、「消費動向調査」、「家計調査」・テレビ普及率内閣府「計表一覧:消費動向調査」