ピティナ調査・研究

NHK「ピアノのおけいこ」大調査 アンケート集計結果

NHK「ピアノのおけいこ」大調査
アンケート集計結果(1)

深水悠子(東京藝術大学講師)

NHK「ピアノのおけいこ」という番組をご存知でしょうか。1962年から83年まで放送された公開ピアノレッスン番組で、講師に永井進を筆頭に、安川加壽子、田村宏等、東京芸術大学の教授や、深沢亮子、中村紘子等、国際コンクール入賞者など専門的な知識と高度な演奏技術を有した約20名が半年毎に登場し、ピアノ学習者・指導者の良き学習材料として人気を集めました。

情報が少なく、他の方のレッスンを見る機会も少なく、コンクールも珍しかった時代、毎週の放送を楽しみにしていたという先生も多くいらっしゃるのではないしょうか。

今回、「戦後のピアノ教育」の研究を進める中で、NHK「ピアノのおけいこ」に興味を抱き、ピティナ正会員の先生方※1に番組に関するアンケートにご協力いただきました。古い番組ですので先生方の記憶も曖昧な中だったと存じますが、アンケート開始直後から番組への思いや講師の先生への憧れなど、多くの回答が寄せられました。中には、実際にテレビに出演してレッスンを受けた方や、番組放映後に講師の先生についた方、番組をきっかけに音楽の道を志した方など、番組と深い関わりのある方も少なからずいらっしゃいました。いずれの方も、ご自身の幼い頃の思い出と深く結びついた、温かい思いが詰まった回答が多かったのが印象的でした。
番組の記憶が薄れていく中で、次第にこのように番組に関する声を集めることは確実に難しくなっていきます。今回の多くの回答は、貴重な第一次資料として研究内容に反映させていただきます。

今回、アンケートの最後でテキストや映像のご提供をお願いしたところ、勢志佳子先生や山内悦子先生、中森智佳子先生、村松恵子先生よりご厚意で貴重な資料をお送りいただきました。特に勢志先生からご送付いただいたVHS36本(!)は、実は素人には扱いが難しく、古いフィルムは乾燥によってポロポロと割れて二度と元に戻らない可能性もあるのですが、ご縁がありNHK番組発掘プロジェクト※2に提供しプロの手でデータ化してもらえることになりました。今後も同様に「ピアノのおけいこ」の映像をお持ちの先生がいらっしゃいましたら、NHK番組発掘プロジェクトの担当者に送付しデータ化することが可能です。先生が映像をご提供くださることで、我々研究者が第一次資料を得ることとなり、NHKのプロジェクトの貢献にも繋がるいい流れを作ることができました。VHS、ベータなどの映像をお持ちの先生は、是非にご連絡いただけますと幸いです※3

今現在、さらに研究調査は発展しています。アンケート回答の充実した内容を受けて、当時講師をされた松﨑伶子先生、小林仁先生へのインタビュー取材も行いました。古い番組にも関わらず大きな反響があったことに、先生方も大変驚かれていました。インタビュー内容は後日報告予定ですので、どうぞお楽しみに!

また、引き続き下記右記のテキストを探しております。講師毎に取り上げる曲目の傾向の違いなどを調べたいと考えています。小林仁先生は番組のために自作を提供していたり、中にはこの番組に作曲家に委嘱した先生もいらっしゃったようです。ご提供いただける先生がいらっしゃいましたら、ご連絡いただけますと幸いです。研究に反映させていただきます。
なお、アンケートで資料の提供可能とご回答いただいた先生には、後日私より連絡を取らせていたく予定でおります。

  • オレンジ字現在募集中のテキストです。
  • 1983年は「ピアノとともに」と改題して放映。
  講師
1962 前期 永井進
後期  
1963 前期 高木東六
後期 安川加寿子
1964 前期 田村宏
後期 伊達純
1965 前期 寺西昭子
後期 田村宏
1966 前期 水谷達夫
後期 安川加寿子
1967 前期 永井進
後期 田村宏
1968 前期 伊達純
後期 三浦浩
1969 前期 小林仁
後期 安川加寿子
1970 前期 井内澄子
後期 田村宏
1971 前期 三浦浩
後期 井内澄子
1972 前期 深沢亮子
後期 小林仁
1973 前期 井内澄子
後期 井内澄子
1974 前期 松原緑
後期 弘中孝
1975 前期 徳丸聡子
後期 神西敦子
1976 前期 松浦豊明
後期 井上直幸
1977 前期 松﨑伶子
後期 安川加寿子
1978 前期 弘中孝
後期 宮沢明子
1979 前期 井上直幸・井内澄子
後期 井上直幸・井内澄子
1980 前期 寺西昭子
後期 寺西昭子
1981 前期 小林仁
後期 小林仁
1982 前期 井上直幸
後期 徳丸聡子
1983 前期 舘野泉
後期 中村紘子

そして番組に関するアンケート第二弾を実施いたします。今回は、先生方の中にも番組を見ていなかった方が多くおられるだろうと思い、その割合を知りたいと考えています。また、住んでいた地域による視聴の差や、年代による差などを質問させていただいております。お忙しい中、大変お手数ですがご協力をお願いいたします。

アンケートフォームへ
回答期限:8月24日(水)

先生たちのアンケート回答を得て、NHK「ピアノのおけいこ」研究は、外枠だけの調査ではない、命を吹き込まれた体温を感じられるものになりました。先生たちのアンケートがエンジンとなり、研究が力強く発進したところです。引き続きピティナでも研究の状況を発表していきたいと思います。

なお、当研究はピティナ音楽研究所のサポートを受けて行っております。さらにNHK番組アーカイブス学術利用トライアルの研究の一環として遂行しています。

  • 番組の放送時期を鑑みて40歳以上の先生方を対象にしました。
  • NHK番組発掘プロジェクト
  • 「ピアノのおけいこ」で、NHKアーカイブに保管がないものに限ります。

さて、アンケート回答の御礼を兼ねて、集計結果の第一弾をお届けします。

  • 対象はピティナ正会員、指導会員で40歳代以上の先生で、メールDMの受け取りを許可してくださっている方々です。送信が成功した8,886通のうち回答数は292でした。
Q1「番組視聴時の立場」

ピアノを教えている頃に番組を見ていたのか、習っている頃に見ていたのかを尋ねた質問です。「ピアノ学習者」が78%を占めています。既に番組開始から60年(!)も経ち、番組終了も約40年前となりますので、必然的に小さい頃に見ていたという方が多いということになります。中には、先生に勧められて見ていたという方、その一方でお母さんに見ることを禁止されていた方(ついている先生以外の教え方を見ることでぶれないように)もいらっしゃったようです。
番組放映時は、どのくらいの比率だったのかということも興味があります。(今では叶いませんが)先生目線で見るのと、生徒目線で見るのでは、番組の捉え方も違いそうです。

Q1番組視聴時の立場
Q2「ピアノのおけいこ」で視聴したことのある講師

21年間で22人の講師が登場した中で、どの講師を視聴したことがあるかという質問です。満遍なく22人の名前が挙がりました。最近の放映に近づくほど見た人の割合が多い傾向にありますが、一方で、高木東六氏や伊達純氏ら古い時代にも関わらず視聴したことのある方の割合が2%あることは興味深いです。

Q2「ピアノのおけいこ」で視聴したことのある講師)
Q3-1「最も印象に残っている講師」

視聴した講師の中でも印象に残っている講師を挙げていただきました。音楽への愛に溢れ、素晴らしい演奏を披露した井上直幸先生、日本のピアニストの代名詞であり、画面を通しても言葉の説得力が伝わり、所作の美しさが魅力的だった中村紘子先生、そして明朗快活でユーモアに富んだ言葉で、学習者や指導者に語りかける様子が印象的だった井内澄子先生等が上位を占めました。

Q3-1最も印象に残っている講師
Q3-2「最も印象に残っている講師」(講師担当回数別の色分け篇)

この設問の回答には、おそらく様々な要因が考えられるのではと思い、まず、それぞれの講師が番組で何期担当したのかを色分けで示しました。講師によっては、一期半年を五期まで担当していました。担当期が多いほど印象に残っているのでは、と考えましたが、色分けグラフを見る限り、そうではなさそうです。グラフの半分のパーセンテージを占める井上直幸先生と中村紘子先生はそれぞれ三期と一期と、回数の多さと因果関係は認められませんでした。

  • 通年は二期と数える。
  • 通年初級あるいは中級のみの場合は、一期と数える。
Q3-2最も印象に残っている講師
Q3-3「最も印象に残っている講師」〈出演時期別の色分け篇〉

さらに印象に残った要因の一つに、番組を見た時期が近いほど鮮明に覚えていることが挙げられるのではと考えました。そこで、講師毎に出演時期を5年度ごとに色分けしてみました。最近になるほど薄く、古くなるほど濃い色になります。半数を占める上位2人が1980年代、次の井内澄子先生、宮沢明子先生、安川加寿子先生が1970年代後半、そして田村宏先生、弘中孝先生が1970年代前半と続き、徐々に年代が古くなることからその傾向が見て取れますので、これはある程度、肯定されるかもしれません。

  • 講師の担当時期が複数にわたる場合は、最後に担当した期とする。
Q3-3最も印象に残っている講師
Q4「どのようなところが印象に残っているか」

最後の自由回答は、番組から先生方がどのような影響を受けたのかを知る上で最も重要な設問でした。ただ自由度が高い分、どのように集計し分析するのかが難点でした。統計学に精通した先生に相談するなどして検討し、今回は講師の先生ごとにどのような印象を持ったのかというのを「言葉」で表すことにしました。
一例として、講師の田村宏先生を挙げます。最も印象に残った講師で田村宏先生と回答した中で、どのようなところが印象に残ったのか、その回答にあった言葉を「講師」「レッスン」「生徒」「番組」の4つに緩く分類し、回答数が多かった言葉ほどフォントが大きくなります。外側から中央にいくほど、「印象」→「願望」→「学んだこと」→「受けた影響」と番組から受けた影響が強くなります(そう受け取ることができる)。
下記の田村宏先生の回答の中で最も多かったものは、(生徒の印象として)「演奏が上手・優秀」となります。そして、(講師の印象として)「高い演奏技術」「厳しさを感じる」「音楽への情熱や愛を感じる」、(学んだこととして)「指番号やタッチ」と続きます。
これらの言葉によって、田村先生の回を視聴した方がどのように感じ、どのような影響を受けたのかがわかります。

田村先生は、自著「ある長老ピアニストのひとりごと」で番組についてこう語っています。

  • やはり優れた教師の数が少なく、とくに中央と地方の格差が大きかった実情から考えても、この全国向け「ピアノのおけいこ」番組の放送は有意義かつ効果的であった。
  • 最初の講師は永井先生だった。のちに講師の末席に私まで加えていただいたことは光栄の至りで、この体験がその後の私の教育現場でどれほど役に立ったか計り知れない。
講師:田村宏先生
1923年神奈川県横須賀生まれ。永井進に師事して1943年に東京音楽学校(現東京藝術大学)卒業。ウィーン市立音楽院にてラウペンシュトラウフ教授に師事。東京藝術大学名誉教授。2011年肺炎のため87歳で死去。
どのようなところが印象に残っているか

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