ピティナ調査・研究

第3回 日本人作品レコメンド...徳山美奈子 「ムジカ・ナラ」

日本人作品あれこれ
第3回 作曲家インタビュー・・・徳山美奈子先生(大人気曲「ムジカ・ナラ」でお馴染み!)

今回は、作曲家の徳山美奈子先生にお話を伺います。
徳山先生の作品の中で大人気曲といえば、そう「ムジカ・ナラ」です。

この曲は、2006年11月に開催された第6回浜松国際ピアノコンクールの第2次予選課題曲として作曲されました。そして、ピティナ特級のセミファイナルでも演奏され、ピティナチャンネルには角野隼斗さん、古海行子さんなどの演奏が登録されています。また、昨年2024年のグランミューズ部門では、予選での選曲ランキングで邦人作品ながら第1位の快挙。2位はショパンのバラード第3番、3位はショパンのバラード第1番、4位はラヴェル「水の戯れ」と続きますので、「ムジカ・ナラ」がどれほど人気なのかがわかります。

「ムジカ・ナラ」(ピティナピアノ曲事典)

「ムジカ・ナラ」
ピアノ:角野隼人
「ムジカ・ナラ」
ピアノ:古海行子

本回では、人気曲「ムジカ・ナラ」を掘り下げるとともに、徳山先生の音楽観や他の作品などについてもお話を伺いたいと思います。


インタビュー

まずは、昨年2024年のグランミューズ部門では、予選での選曲ランキングで第1位おめでとうございます!

ありがとうございます。好きでピアノを 弾いていらっしゃるグランミューズの方が、やってみたい曲として選んで下さるのがとても嬉しいです。聴いている方に「一聴惚れ」しました、と言っていただいたこともあって・・・。

2006年作曲の作品で約20年の歳月が流れましたが、ますます人気になっている印象がありますね!私もピティナのステップやコンクールの自由曲部門に審査で伺った時に、たくさん聴かせていただいています。そこで聴いた方が、「一聴惚れ」されて、今度はその方が弾かれて、というように連鎖しているのかもしれませんね。ところで、2006年浜松国際ピアノコンクールのために作曲された時の作曲秘話的なものをお聞かせいただけませんか?

審査委員長の中村紘子先生からのミッションは、「2次審査の曲だから、難しすぎて次のラウンドに差し障るようなものはなし。日本の若いピアニストが、海外に持って行ったり、リサイタルで弾きたくなる曲。」ということで、2次審査で数曲弾くのですが、「ムジカ・ナラ」を弾くと、体がほぐれる感じが良いと思ったんです。ピアニストのサンソン・フランソワが、クラシックの間に「ちょっとジャズ弾こうぜ!」みたいな感じで。現代音楽って弾いてる方も、聴いてる方も疲れるじゃないですか。そういうのではなく、弾いている方も聴いている方も身体が喜ぶものをめざしました。

なるほど!弾いていて「体がほぐれる曲」というのは新しい発想です!
それでは、いよいよ具体的に「ムジカ・ナラ」の解釈と先生の音楽観についてお伺いしたいと思います。

まず、1番最初の音はffではなくfです。この曲は、冒頭「ゴーン」と東大寺の鐘の音が聞こえてくることから、全てが始まります。それは、拳でffで弾くようなものではありません。4小節目の最後の5連符も、mfに向かうので頑張りすぎないでください。続くespressivoの連符も現代音楽的な激しく速いものではなく、自然の音、そうですね「蝶が舞う」くらいのものなのです。10小節目は、浄瑠璃寺の池の水面がふと動いた時に、蝶が飛び出すようなイメージで、柔らかく自然に身体が動きます。「音楽は身体性を持つべきだ。」というのは、私がとても大切にしている考えです。

先ほどの「体がほぐれる曲」というのにも繋がりますね。先生のおっしゃる「身体性」というのは弾き手にとってですか?

弾き手にも、聴き手にも大切なことだと考えています。バッハのフランス組曲でもそうですが、聴いている方も舞曲のリズムをイメージをして楽しむことができますよね。私の音楽は、中世の音楽の理念から大きなインスピレーションを得ています。

  • 現在のリベラル・アーツの源泉で、自由七科という7つの科目があり、その中に音楽が含まれていて大事にされていました。

中世の音楽の理念

  1. 宇宙の音楽(ムジカ・ムンダーナ mundana=宇宙)
    天体、星座の運行
  2. 人間の音楽(ムジカ・フマーナ humana=人間)
    心臓、呼吸、人間の体の中の宇宙
  3. 楽器の音楽(ムジカ・インストルメンターリス instrumentalis=楽器)
    現代でいうところの音楽

1つめは、「宇宙の音楽」で天体や星座の運行、それは音の聞こえない音楽です。2つめは「人間の音楽」で心臓や呼吸など人間の体の中の音楽です。そして、ようやく3つめが楽器や声による音楽です。

その3つの中世の音楽の理念が先生の作曲の核になっているのですね?それは、「ムジカ・ナラ」に限らずということなのですね?

はい。宇宙や体内と調和していない音楽は、心に響かないんです。「ムジカ・ナラ」は、「奈良の音楽」または「故郷の音楽」という意味で、ここからタイトルが決まりました。私の故郷の一つは奈良なんですよ。そして、現代音楽というのは、身体から離れて頭でっかちになりがちなのを危惧しています。

そうなんですね!単に、音楽作品を楽譜上のエクリチュールだけで完璧なものにするのではなく、人間の身体や宇宙の営みなど、もっと大きな視点で体験するものなのですね!
「ムジカ・ナラ」について、さらに詳しく具体的な解釈等をお聞かせいただけますか?

1つめの鐘の音B♭の音は、伸ばしながら倍音のDを聴いてください。すると次の2小節目で本当にDが鳴るのです。4小節目からは、童歌「奈良の大仏さん」の断片が聞こえてきます。7小節目は、童歌らしく「レードドレー」の下がった「ド」を大切に弾いてください。

11小節間の第Ⅰ部で世界観を作ると、第Ⅱ部からは、「奈良の大仏さん」のバリエーションが始まります。15小節目の4拍目から左のバスは、ファゴットみたいに。19小節のrisoluteは厳しくなく、華やかに。京都の三十三間堂の仏像とか、金属の飾りがシャラシャラついている、そんな華やかさです。「Running Priest(走る僧侶)」は、東大寺のお坊さんを始め、忙しく走り回っているイメージがあり、その雰囲気を描きました。61小節は、鼻歌のように。

そして、特に気をつけていただきたいのが「Laughing Buddha(笑い仏)」のところなのですが、ここはうるさくなりがちです。奈良と京都の県境に、山辺の道という所があるのですが、ここに三体の可愛い素朴な仏様がいるんです。その仏様の笑声を背景に聴きながら演奏してほしいのです。

演奏している音の背後に、仏様の笑声を聴くとは、素晴らしいイマジネーションの世界ですね!それならば、自然なpで、喜びを持って演奏できそうです。そして、いよいよ第Ⅳ部の「Obstinacy=コミカルな邪鬼」からのリズミックな場面に入っていきますね。

ここは右手はピアノという楽器でサックスの音を出そうとしてください。左手はドラムです。そして、113小節目の装飾音からの音は、シンバルの端をスティックで擦った時の音。第Ⅴ部の「Deva KIng=勇壮な仁王」の左手はバリトンサックス、149小節などはエレキギターで、所々でエレキのソロが出てきます。163小節目からのmeno mossoからは、徐々にピアニスティックになってきます。こうした楽器のアンサンブルを楽しんでください。そして、大事にしてほしいのが第Ⅳ部から第Ⅴ部に入る時に、ダレずに間髪入れず入ってほしいのです。話は逸れますが、生物学者の福岡伸一さんが「生物というのは流れだ」というお話をされていたのを聞いたことがあり、音楽も生き物ですから、本当にそうだなと思って。音楽は流れが命だと思っています。私の作風というのは、流れを重視しており、ベルリン留学時代の恩師であるユン・イサン先生は、大変厳しい先生でしたが、「君の作品は、流れが素晴らしい!」と言って下さいました。

大きな流れを止めないのが大切なんですね。確かに、最後まで駆け抜けることで、182小節で再び今度は非常に強い音で鐘が鳴り、自然に元の静寂の世界に回帰していった時の感動が大きいですね。私は、この最後の蝶が舞うシーンが大好きなんです。
さて、ここからは「ムジカ・ナラ」以外の徳山先生の作品について伺っていきたいと思います。福間洸太朗さんが委嘱、初演された「序の舞〜上村松園の絵に基づく〜」という作品があり、徐々にコンクールなどでも演奏されてじわじわと人気になってきています。私は、この曲の初演を聴いたのですが、まるで絵の中の女性が動き出すような錯覚に囚われるもので、忘れられない体験をしました。作曲のきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

「序の舞」(ピティナピアノ曲事典)

「序の舞」
ピアノ:杉浦菜々子

上村松園(うえむら しょうえん、1875- 1949年)(ウィキペディア)

『序の舞』(1936)
上村松園 (1875-1949)
東京芸術大学所蔵

私は、日本画が好きで、昔から上村松園が好きだったんです。自分の生き方では、「序の舞」はとても描けないと苦悩して苦悩して生み出した作品です。松園は、あの時代の京都で、女だてら画家を志すのは相当大変なことで、しかもシングルマザーでした。

上村松園、強く美しい女性だったのですね!
徳山先生の作品というと、強く生きた「女性」というのも主要なテーマになっているように思うのですが、いかがでしょうか。
先生の最新作のテーマは、明智光秀の娘、細川忠興の妻で、戦国の世に翻弄されながらもキリシタンとして神への忠誠を誓った女性、細川ガラシャをテーマにされています。「オラトリオ『光のみちを』細川ガラシャの愛」の初演のご公演は2025年1月12日に、熊本県立劇場コンサートホールであったばかりですね!
ピアニストの實川風さんの指揮とピアノで、細川ガラシャ役は、ソプラノの五位野百合子さん、細川忠興役は春日保人さんという素晴らしい演奏家の皆様を中心に舞台上110人、そしてそれが1000人近くの聴衆にそれが伝わり会場が一体になった、熱い公演だったと伺っております!

「オラトリオ『光のみちを』細川ガラシャの愛」(公式ウェブサイト)

細川藩ゆかりの熊本市の声楽家団体であるグルッポ・ヴィーヴォさんからの委嘱だったんです。代表の春日さんが「これは徳山さんの代表作になる!!」とおっしゃって・・・。台本も含めて完成までに2年かかったんですよ。作曲家としての最初の受賞作品「ファンタジア〜ハープと笙のための」は、ユダヤ系ハンガリー人のハンナ・セネシュの生き方を描いた曲なのです。権力に抗って果敢に強く生き抜いた女性。偶然なんですが、そういった女性を描く運命なのかもしれません。

最後に、ピアノを学習している皆さんに一言お願いいたします!

子供や大人が楽しく弾ける曲をと思って、『七つのピアノ小品集』を2021年に作りました。亡くなった母がピアノの教師だったのですが、幼児を教えるのがすごく上手だったんです。そのお弟子さんの様子を見ていて、ピアノのお稽古をずっと継続して行うことで、ピアノと幸せな付き合い方を見つけておられるのを実感しています。

徳山先生、ありがとうございました!
徳山先生の作品は、発売が近い2作品がおありだそうです。初・中級用の曲集『七つのピアノ小品集』と、『序の舞』の続編『蛍』『花がたみ』『焔』『樹蔭』などの出版を準備されているということです。楽しみですね!


2019年5月3日 ラ・フォル・ジュルネ丸の内エリアコンサートで。「Fring birds 巣立つ鳥たちへ」をクラリネットの末次真美さんと演奏しました。
連弾曲「Fin et début (始まりと終わり) 」の初演。 2019年12月6日 サロン・テッセラにて。デュオの相方は小川至さん。
「Fin et début(終わりと始まり)」の自筆譜。
2019年8月29日ピティナ公開録音コンサート「日本人作品の夕べ」で「序の舞」を演奏しました。

武蔵野音楽大学大学院博士前期課程修了。日本人作品の演奏をライフワークとする。委嘱や新作の初演にも積極的に取り組んでいる。2016年よりピティナ公開録音 コンサートで「日本人作品の夕べ」シリーズとし、数多くの日本人作品を演奏、録音している。ピティナピアノ曲辞典には演奏動画と曲解説が多数登録されている。ナクソス・ミュージック・ライブラリーの代表的アーティストに選出されている。レパートリーはバッハから現代曲まで幅広い。
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