ピティナ調査・研究

第2回 日本人作品レコメンド...芥川也寸志 「こどものためのピアノ曲集 24の前奏曲」

日本人作品あれこれ
第2回 日本人作品レコメンド・・・芥川也寸志 「こどものためのピアノ曲集 24の前奏曲」(2025年アニバーサリー作曲家、生誕100年)

2025年生誕100年を迎える作曲家芥川也寸志の「24の前奏曲」こどものためのピアノ曲集をご紹介します。この曲集は、初級から中級のテクニックで芥川の音楽の魅力を味わうことができる曲集です。

最初に芥川也寸志(1925-1989)について簡単にご紹介します。芥川也寸志は、文豪、芥川龍之介の三男です。

【ピティナピアノ曲事典】 芥川也寸志

ピアノ曲では「ラ・ダンス」が代表作です。私にとって芥川といえば、野生的でリズミックな曲が特に印象的です。こちらの「弦楽のための三楽章(トリプティーク)」は冒頭からその特徴が表れています。

いかがでしょうか。何とも野生味溢れてかっこいいですね。

さて、いよいよ本日ご紹介するピアノ曲「こどものためのピアノ曲集 24の前奏曲」です。

楽譜の中表紙の裏には、以下のように芥川也寸志氏からの言葉が載せられています。

「大バッハにならってハ長調から出発し、同名調をともないながら、5度ずつ上がり、24曲で5度圏をひとめぐりする。曲名も大バッハにあやかって"24の前奏曲"。こどものためのピアノ曲集として、非常にやさしく書かれてはいるが、私はおとなたちも、24曲を通じて、その楽しみをこどもたちと共有できるような音楽にしようと努めた。」

言葉の通り、こどもだけでなく、大人の方が弾いても楽しめる曲集です。大人がいくつか組み合わせて演奏会などで弾いても素敵ですし、上級者や先生方の易しく弾ける練習用にもなると思います。この曲集に限らずですが、様々な作曲家が出版されている「こどものための曲集」というのは、作曲家の方々の作風を手軽に弾いて味わうことができるので、上級者にもとてもおすすめです。

芥川也寸志についてのインタビュー

さて、芥川也寸志とは、どのような作曲家なのでしょうか。その特徴や魅力について迫りたいと思います。現在国立音楽大学大学院博士課程に在学中で、芥川也寸志の研究をされている城谷伶氏からお話を伺いました。

(杉浦)ズバリ、芥川也寸志の音楽の特徴はどのようなものだと思われますか?

(城谷)芥川也寸志の音楽の特徴は、オスティナート(執拗な繰り返しの意)語法による作曲で知られています。年齢や時期によって、イメージは変わるものの、その根底にあるオスティナートによる作曲法は変わりませんでした。そのスタイルへのこだわりを感じさせるものだと思いますね。

(杉浦)24の前奏曲の中では、4番、6番、7番、10番、12番、16番などをはじめ、オスティナートが特徴的な曲がたくさんありますね。というより、ほとんどにオスティナート的な要素があるとも言えそうです。リズムや音型、和声が執拗に何度も繰り返し登場しています。20番のようにスローテンポの中で執拗に同じ和声が繰り返され、一曲を通してクレッシェンドで拡大していく壮大なものや、22番のように一曲を通してBの音が象徴的に鳴り響き祈りを感じさせるものなど、オスティナートの効果も色々ありますね。

(城谷)そうですね。20番は、交響曲第1番の主題と同じもので、芥川が好んで使ったリズムも特徴的です。

(杉浦)オスティナートの他にも、芥川の特徴はありますか?

(城谷)例えば24の前奏曲の6番ですが、メロディーがほとんど跳躍せずに、少しずつ移り変わっていますよね。こうしたメロディーの進行も芥川らしさだと私は思います。

(杉浦)そうなんですね。この曲は、近場で行きつ戻りつするメロディーが何ともアンニュイで、独り言のように弾きたい曲だと思っていました。さて、城谷さんは、大学院でどのような研究をされていますか?

(城谷)芥川也寸志唯一のオペラ作品である《暗い鏡》(のちに《ヒロシマのオルフェ》に改題)を対象に、当時NHKで制作された放送オペラ発である本作の、放送オペラとしての特徴を考察しています。研究のきっかけは、芥川也寸志の創作史において、1960年代前後の前衛にもっとも接近した時期の作品を考察した論文等は未だ少なく、作品の価値を考える上で取り上げる意義があると感じたからです。

(杉浦)芥川の年代史的には、「トリプティーク」や「交響曲第1番」などは第一期、24の前奏曲は後期の第三期にあたりますが、第二期は実験的な作品に多く取り組んだそうですね。

(城谷)はい。12音で書いたり(12音技法ではない)、インドの建築の手法で、構築していくのではなく全体から削り出して作る技法からインスピレーションを受け、それを音楽に応用した「マイナス音楽論」を提案しました。たくさんの音から抜いていく引き算の考え方ですね。それらの実験的な第2期を経て、第1期の作風に回帰した第3期にはオスティナートのタイトルを持つオーケストラ曲をたくさん創作しました。それらは、第1期の作風に一層の深みが増して回帰したという印象です。これらはほとんど演奏されないので、生で聴きたいですね!

(杉浦)聴いてみたいです!24の前奏曲は1979年作曲なので、円熟した第3期に当たりますね。
  ところで、城谷さんはもう中学生くらいの時点で、日本人作品に詳しかったと思うのですが、原点は何だったんでしょう。

(城谷)母が好きだった宇宙戦艦ヤマトや銀河鉄道999など古いアニメを一緒に見て、ヤマトの宮川泰さんの音楽に親しんでいました。でもそれは、アニメの作曲家としてサントラなど聴いていました。決定的だったのは、中2の時、部活の管弦楽部で毎年2月に近隣の中学と合同管弦楽団を組み演奏する音楽会があるのですが、そこで芥川の「交響管弦楽のための音楽」を偶然にも演奏することになり、衝撃を受けました。その後、スコアを親にねだって手に入れましたね。

(杉浦)たまたま部活動を通して芥川を演奏する機会があり、同年、芥川の師である伊福部がメモリアルイヤーだったということで、伊福部に出会われたのは奇遇ですね!それでは最後に、日本人作品全般について一言お願いします。

(城谷)以前より、日本人による作品を耳にする機会は格段に増えました。伊福部昭のようにプロもアマも比較的頻繁に演奏されるようになった作曲家もいますが、まだまだ演奏されて欲しい作曲家や作品がたくさんあります。作品の楽譜が未出版であったり、手軽にアクセスできないことが理由としてあると思うので、土壌を整え、将来実演の機会を増やすことが大切だと思います。サントリーホールの柿落としは芥川のオルガンとオーケストラの曲なんですよ。

(杉浦)へえ!サントリーホールが芥川也寸志の音楽と共に始まったとは、赤穂浪士の曲以外にも身近な面がありました!城谷さん、貴重なお話をありがとうございました。

城谷さんが作成した芥川也寸志プレゼンVTRの中にわかりやすくまとまっているので、ぜひご覧ください。今年2025年は、アニバーサリーイヤーなので、芥川也寸志の音楽を耳にできる機会も多いと思います。ぜひ、聴いてみてください!

城谷さんとのインタビュー風景
城谷さんが小2から高3まで通ってくれた私のレッスン室で。

武蔵野音楽大学大学院博士前期課程修了。日本人作品の演奏をライフワークとする。委嘱や新作の初演にも積極的に取り組んでいる。2016年よりピティナ公開録音 コンサートで「日本人作品の夕べ」シリーズとし、数多くの日本人作品を演奏、録音している。ピティナピアノ曲辞典には演奏動画と曲解説が多数登録されている。ナクソス・ミュージック・ライブラリーの代表的アーティストに選出されている。レパートリーはバッハから現代曲まで幅広い。
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