ピティナ調査・研究

第16回 ソナタ第21番-23番(それぞれ断片)

ハイドンの世界
SONATA No.21 ~ No.23

クラヴィーア・ソナタの21番から27番は、ハイドン自筆の作品目録「草稿目録(Entwurf-Katalog)」に基づく紛失した作品の主題のみが残っています。ハイドンらしい面白いモチーフがたくさんあり、弾くもの・聴くものとしては、続きの展開がとても気になる所です。今回の21番から23番の3曲はチェンバロによるディヴェルティメントとして書かれています。21番は、ニ短調の淡々とした足どりが聞こえてきそうな曲で、ハイドンはニ短調のソナタをこの曲以外残しておらず、紛失した作品の中で、個人的に一番続きが知りたい曲です。22番は右手と左手のメロディーが交互に対話しているようなモチーフで、23番は対照的にどこかの風景を描いているかのようなシンプルなメロディーが、左手の伴奏に映えて美しいです。

ソナタ第21~23番(すべて断片)
ハイドンひとことメモ
「第16回 ハイドンとモーツァルト その3」

前回は、モーツァルトが初めてハイドンの音楽に触れるまでを書きましたが、今回はふたりが出会ったとされる時期について、書いてみます。私は下記の表に登場する「ロシア弦楽四重奏曲(全6曲)」が、ハイドンの弦楽四重奏曲の中で特に好きです。第2曲は「冗談」という呼び名がついており、珍しいことに6曲とも、必ずスケルツォの楽章が入っているところから、何となくモーツァルトがこの曲に大きく影響されたという事が分かるような気がします。第5曲の第4楽章はピアノ用に編曲したものがあり、第7回の「ハイドンの世界」に録音が掲載されておりますので、ぜひお聴きください。

  J.ハイドン
(49歳)
W.A.モーツァルト
(26歳)
1781年 アイゼンシュタットからウィーンへ出る。
9年ぶりに弦楽四重奏「ロシア弦楽四重奏曲」作品33を作曲。
この弦楽四重奏曲を、エステルハージ家の関係者の為にサロンで演奏を披露。
聴衆はハイドンに賞賛の拍手をおくる。
イタリア旅行で名声を博し、ウィーンに帰ってきていた。
左記サロンの席にモーツァルトが招かれていても不思議は無く、
その場の中心人物だった可能性もある。