ピティナ調査・研究

第17回 特集・座談会

わくわくポピュラーガイド
第17回 特集・座談会

この連載もお陰様で第17回(5年目)を迎えることとなりました。
今回はステップ課題曲及びアドバイザーとしても人気の高い、橋本晃一先生春畑セロリ先生・丹内真弓先生にお越しいただき、座談会を特集いたしました。
被災地はもちろんのこと、全国のピアノ指導者仲間への応援メッセージ、そしてこのような時期だからこその、おすすめピアノ曲などもご紹介していきます。
ぜひご活用いただければ幸いです。(掲載:Our Music293号/2011年4月30日発行より)

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今私たちに出来ること、音楽の力とは?

さどはら まずは、今回の震災により、被災された皆様とそのご家族の方々には心よりお見舞い申し上げます。一日も早い復旧復興をお祈りするとともに、私たち音楽家に何が出来るのか、自問自答しない人はいなかったのではないでしょうか。

春畑 おっしゃるとおり、私もしばらくは「自分に何が出来るんだろう」とへこみ、打ちひしがれてしまいました。そのことを正直にホームページに書いて、「でも、このことを忘れずにがんばっていこうよ」というようなことも書いたら、その日のうちに福島県の方から「すごく励まされました」「涙が出ました」とお返事をいただいたんですね。何か手段を持っている人は、私なんか...と思わずに、小さなことでも発信していかなくてはいけないんだな、と思いました。

さどはら そういう意味でも、この座談会から発信できる意義は大きいですね。活動できる人はその環境に感謝しつつ、そろそろ元気を出してエールを送っていくことが、間接的な支援につながっていくと思いますので。音楽の効用やパワーについて、何か感じていらっしゃることはありませんか?

橋本 これは、3月26日付の東京新聞の記事ですが、宮城県女川町の避難所で、被災者の中学生が、ラジオ体操や『いきものがかり』の曲などを弾いて皆さんに喜ばれている、という内容なんですね。ピアノは、自分が弾いて落ち着くだけでなく、人に対しても同じ作用があるということがわかります。この場合、もちろんクラシックでもよいのですが、みんなが知っているラジオ体操や流行歌が弾けるということ、しかも、この子は楽器も楽譜も全て流されている中、「楽譜がなくても弾ける」ということが素晴らしいと思います。

丹内 確かに、「楽譜がないと弾けない」という方が多いですものね。私は、普段の大人の生徒さんへのレッスンでは、「きょうの1曲」と称して、今レッスンしている曲に限らず、生徒さんに1対1で、トークコンサートのように気持ちを込めて1曲お聴かせしています。そして、今度はその生徒さんが、お家に戻って「きょうの1曲」ということで周りの方に発信できればいいな、と思うんです。「きょうの1曲」が難しければ、「今月の1曲」でもいい。身近な人に心を込めてお聴かせする。そのために、この時期"明るく前向きな曲"を探してみるだけでも気分が違いますよね。常にレパートリーを持ち続けるためにも、「きょうの1曲コーナー」を皆さんにも提案したいと思います。

さどはら 素敵な提案ですね!せっかく仕上げた曲を、生徒たちはいとも簡単に忘れてしまいますから(笑)。レパートリーとして持ち続けると、それだけ曲に対する愛着も湧きますし、こういった蓄積が"応用力"として現場でも役に立ちますよね。

春畑 私からお伝えしたい事例は、毎年とある保育園の卒園式で、園児(60名)一人一人のために、私含め10数名の作曲家が合唱曲を書くんですね。結構難解な曲なのに、保護者の方々がパートに分かれて、子どもたちも聴き覚えで、全員の曲を暗譜で一緒に歌うんです。震災後に行われたその卒園式で、私も一言求められたので、「実はきょうは気分が落ち込んだまま来たのですが、みんなが本当に音楽を楽しんでいるので、心のリハビリが出来たような気がします」と話して、園児に「君たち、これからの日本を頼むね!」と言ったら、男の子たちが「オー!」と答えてくれて(笑)、ちょっと感動しちゃいました。こういう風に、普段から音楽と仲良くして、自分を表現したり、人の表現に耳を傾ける教育を受けているような子どもたちは、きっと何があっても生き抜いていくし、大人を助けて生き生きとやっていくんだろうな、という思いを強く持ちました。そして、音楽に携わる者は、「音楽が出来る」ということではなく、「音楽を通して、生きる力を持つ子どもを育てていく」という大きな任務があるんだな、と再認識しました。

さどはら 同感です。子どもたちの明るい声と笑顔が、これから復興の一番の原動力となっていくはずですから。

ポピュラーをどう活用する?

さどはら さて、ステップ課題曲にポピュラーが導入されて、今年度で丁度10年目となりますが、アドバイザーとして全国各地を回られての感触はいかがでしょうか?

橋本 各地でのステップを拝見していると、弾く人のポピュラーへの取り組み方が慣れてきて、違和感がなくなってきたように感じます。「自分の弾きたいものを弾く」という姿勢が伝わってきますね。特に導入や基礎レベルでは、クラシック・ポピュラーという区別なく、皆さん抵抗なくポピュラーも取り入れていますよね。

さどはら ステップ課題曲の教則本には、橋本先生の『ピアノひけるよジュニア編』『おとなのためのピアノ教本』も丸ごと選出されていて人気がありますが、どちらもジャンルの区別なく、各世代の好む曲が自然に配列されていますよね。

橋本 ジャンルに限らず、「弾きたい曲を弾ける」というのが、ものすごいパワーだと思うんです。最初に「弾きたい」という気持ちがあれば、努力して弾けるようにしますよね。小さい生徒さんは、やはりよく知っているアニメの曲などを弾きたいと思うので、「この子が弾きたいものを、弾かせてあげる」という姿勢だと、自ずとポピュラーが入ってくるのではないでしょうか。それを、先生の方で「これは私のジャンルではないから」といって敬遠すれば、そこまでですよね。自分の勉強、ということで受け入れていけば、ジャンルの垣根もなくなっていくと思います。

春畑 今やクラシックとポピュラーの線引きは微妙になってきていますし、バスティンはじめ各メソッドにも、ブルースなどのポピュラーの要素もたくさん入っていますよね。今世間で流行っているものを、普通のレベルで楽しめばいいんじゃないでしょうか。「それはちょっと関係ないわ...」となると、目隠ししてしまうことになる。今生きている音楽家としてはもったいないことですよね。

丹内 "ポピュラー"と構えずに、今の音楽を素直に取り入れる、ごくごく身近なところから入るとよいですよね。ただ、普段から「今流行っているものは何かな?」と情報を取り入れておく必要はあると思います。

春畑 さきほど言い忘れたのですが、今You Tubeで、被災地に向けてミュージシャン達がメッセージを発信していて、中にはすごいアクセス数になってますよね。でも、これは殆どが歌なんです。言葉があると、応援の気持ちも託しやすい。何か人の心を直接つかんでいく、というときには、やはり歌が中心となるので、ピアノ音楽という狭い世界だけにいないで、今みんなが口ずさんでいるものにもどんどん積極的にアプローチしていくといいですよね。そして、自己流でもいいので弾いてみる。そうやってちょっと目を見開くと、次に「じゃあ、もっといいアレンジを探そう」となっていくと思いますよ。

丹内 "良いピアノアレンジ"を弾くことも大事だと思います。それには、さきほどの「きょうの1曲」のように、先生がまず弾いてあげる、それが無理ならCDでもいいので聴かせてあげる。せっかくアレンジを吟味したポピュラー課題曲もあるのですから、大いに活用していただきたいですね。

選曲とアレンジの基準とは?

さどはら その課題曲も含め、本日お集まりの先生方の曲集は、生徒に「これなら弾けそう!」「練習したい」と思わせるものばかりですよね。何か選曲とアレンジの基準値のようなものがあるのでしょうか?

橋本 僕は子どもを教えた経験はないので、想像で書くわけです。ただ、自分自身のピアノの技術がそうあるわけではないので、「自分が難なく弾けるものであれば、みんなも弾けるであろう」(笑)と、「自分が弾きやすい」ということを基準に考えていますね。すごく弾ける人が、弾けない人の気持ちになって書く方が大変かもしれません。

春畑 私も子どものレッスンはしていないんですけど、『みんなのピアノワールド』(ステップ課題曲収録)などは、選曲の際、アレンジャー4人でものすごいバトルをしたんですよ。その際の基準は①知名度 ②音楽的にプッシュできるかどうか ③ピアノ曲にアレンジしたときに、チャーミングになるかどうか、という3つのフィルターにかけました。統計もとって、人気度や芸術的にどうか、という面も考慮しましたね。

ここがポイント!おすすめ楽譜の紹介

さどはら きょうは、皆さんにおすすめの楽譜もお持ちいただきましたので、一言ずついただけますか?

春畑 これは「きょうの気持ちを弾いてみよう」という曲集で、『ピアノの本』に以前連載されていた『ぴあの・らくがき・だいありー』に加筆したものです。テンポもダイナミクスも何も書いてないけれど、自由に弾いてもらっていいんです。あなたが今表現したい気持ちを、思いっきり心をこめて弾いてもらいたいですね。

ピアノ・らくがき・だいありー
■著者:春畑セロリ
■(株)音楽之友社
■定価:1,890円

丹内 私からは、『ピアノスタイル』2011年4月号より『愛の夢』(やさしいジャズアレンジ、編曲:丹内真弓)をお届けしたいと思います。この曲も、いろいろなテンポで弾いてもらっていいんです。ゆっくりだと、子守唄風に「いい夢みてね」となるし、いろいろな夢をみていただきたい。夢を大いに語っていただきたいですね。

ピアノスタイル
■(株)リットーミュージック
■定価:1,050円

橋本 僕の方からは、『やっぱりピアノがすき!こどものうた名曲集』をご紹介したいと思います。小学生が親しみを持てるような、よく知られた"こどもの歌"を、ブルグミュラー程度の"ピアノソロ"にアレンジしました。全て歌えるキーなので、このまま伴奏として使うこともできます。発表会のレパートリー集としても、活用していただきたいですね。

やっぱりピアノがすき!こどものうた名曲集
■著者:橋本晃一
■(株)ドレミ楽譜出版社
■定価:1,300円

さどはら その他の楽譜も、詳細は下記の表をぜひご参照ください。ではここで、『春畑セロリのちびっこ・あんさんぶる』から、『犬のおまわりさん』を私たち4人で楽しくアンサンブルして、この座談会を締めくくりたいと思います。
最後に、セロリ先生、この曲集について一言ご紹介いただけますか?

春畑 前半は、動物村の一日の物語になっていて、色々な動物の童謡をストーリー風につなげた組曲になっているんですよ。3~5人連弾や、ピアノ連弾とリコーダー+鍵盤ハーモニカ+打楽器...など、身近な楽器も入れられるので、皆さんで演奏して、ぜひ"元気もりもり"になってくださいね!

春畑セロリのちびっこ・あんさんぶる
■著者:春畑セロリ
■(株)ヤマハミュージックメディア
■定価:1,575円

さどはら 先生方、本日は長時間ありがとうございました。

 
その他の楽譜のご紹介
ピアノスタイル
片手で奏でる!誰でも弾ける!
ジャズ風ピアノ曲集(CD2枚付)
■著者:丹内真弓
■(株)リットーミュージック
■定価:1,995円(税込)
■「片手でジャズを弾く」という画期的な曲集。収録21曲のすべてが、片手・単旋律アレンジ。隣りページのプラスワンパート(単旋律)と合わせると、さらに弾き映えし、子どもから大人まで活用できます。
右手でメロディ、左手でコード
ピアノ・コード伴奏法
■著者:橋本晃一
■(株)ドレミ楽譜出版社
■定価:1,575円(税込)
■有名スタンダードや童謡でピアノ伴奏法を習得するための練習曲集。「アメイジング・グレース」を様々なコードで弾くことを大きな柱に、最終的に「コード・ネーム付きメロディ譜」のみで伴奏を付ける力が身に付きます。
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