大人のためのJAPAN12: 矢代秋雄『ピアノソナタ』 (1960's-3「古典的現代音楽」)
矢代秋雄作曲『ピアノソナタ』。1960年に作曲されたこの作品は、現代日本のピアノ曲の中でも代表的な作品の一つで、演奏される機会も多い曲です。倉敷の大原美術館創立30周年記念音楽会にて、山岡優子氏によって初演された後、安川加寿子先生や館野泉先生、また遠くベルリン、ローマ、アメリカなどでも演奏されてきました。最近では、2009年ピティナコンペティショングランミューズ部門(A1カテゴリー)の決勝で、磯島藍さんがこの曲の第3楽章を演奏され、見事に第1位を獲得されています(→動画を見る)!
矢代氏唯一のピアノソナタにも、その特徴の「洗練された音楽様式」や「完璧な仕上がり」がよく現れています。「ベートーヴェンのソナタ作品109に精神的な影響を多く受けた」と楽譜にも記されていますが、三楽章各々の音楽構造から、この作品109を研究し尽くしたことが窺えるでしょう。「Agitato」と「Adajio」の二つの主題の対比が鮮やかな一楽章(約4分)、一楽章「Agitato」の主題を用いた急激な二楽章(約3分)、そして、一楽章「Adajo」の主題の自由な変奏から成る三楽章(約9分)。一楽章の主題を巧みに用いる循環主題によって、各楽章は「緊密な関連と発展が計られて」います。
「簡潔なソナタ形式。ここにあるものはソナタ形式のエッセンスとも言うべきものである」と楽譜にも書かれているとおり、第一楽章は、古典派時代に完成されたソナタ形式を、最もシンプルにした形で構築されています。「Agitato」の第一主題は、1オクターヴ内の12音を全て1回ずつ用いる(=12音技法)無調的で厳しい性格。その後すぐに現れる「Adajio」の第二主題は、対照的にハーモニックで淡い性格。この二つの主題が、曲全体に大きな支配力を持って進行していきます。
この曲が作曲された60年代の日本は、前衛音楽まっ盛りの時代!図形楽譜や偶然性の音楽など、アメリカからの新しい風が、勢い良く吹き荒れていた時代でした(→1960'sその1「アヴァンギャルド」、1960'sその2「武満の場合」)。その中にあって、ヨーロッパの確固たる伝統を軸に、自身の音楽を追求し続けた矢代秋雄氏...。前衛的な新しさこそないものの、熟成された上質なその音楽は、小さい頃からクラシックを学び続けてきた私たち日本のピアノ奏者にとっては、近づきやすい現代音楽、と言えるかもしれません。そしてこの矢代流の、いわば古典的現代音楽こそが、ますます前衛化する最前線の現代音楽を尻目に、日本のピアノ界では重要な位置を占めていくことになるのです。