こどものためのJAPAN4-3: 三善晃作曲『海の日記帳』 上級編
三善晃作曲『海の日記帳』大解剖、最終回の今回は、上級編(「★★★」=ツェルニー30番後半以上、高度な読解力と音楽性を要する曲)9曲を、ご紹介させていただきます!
譜読みが難しく、様々なテクニックも必要とされるこのレベル(レガートやスタッカート、アクセントやテヌート、また拍子の変化やウラノリのリズム、そして手の交差やグリッサンドなど...)。さらに、それら楽譜に書いてあることをきちんと弾けただけでは、まだまだ音楽にならないところに、真の難しさがあるように思います。
例えば、曲想がガラリと変わるところでの、楽譜には書いていない微妙なテンポの「揺れ」や、一瞬の「間」。これらは、あからさまにやると間違いとなってしまうものですが、センスよく取り入れられれば、実に生き生きとした音楽を生み出すものです。繊細で美しい三善作品を素敵に弾くには、それらオトナな裏技が不可欠でしょう。
裏技を使いこなし、説得力ある演奏をするためには、まずは楽譜から変化を読み取る読譜力が必要です。以下ご参考までに、音源とともに、曲中の大きな【転調】とテクニック的な《特性》を記しました。が、それら読み取ったことを生かすのに本当に必要なのは、豊かな想像力とともに、多くの耳の経験かもしれません。言葉にならない微妙な表現を、感覚的に知っていること...。まずは先生が、実際に演奏して様々な可能性を示すことができれば、生徒さんは幸せですね。その点この『海の日記帳』は、先生にとっても追求しがいある、奥深い教材だと確信しています。
第17番 波と夕月
【c-moll→(左ページ5段目)f-moll→(右1段目)g-moll→(右2段目)Des-dur→(右3段目)c-moll】
《レガート》
左手の波が右手夕月に照らされて、様々な色合いを見せる曲。転調したかと思うとすぐ次の調へと変化してゆく中間部は、手の交差も含み、まるでオーロラのようです。あくまでもレガートの中で、様々な波の表情を出す技術が必要とされます。
第19番 シレーヌの機織り歌
【gis-moll→(右1段目)H-dur→e-moll→(右2段目)gis-moll】
《レガート》
4つの声部が絡み合いながら、美しい布を織り成していくような曲。常に刻むシンコペーションのリズムが、淡々とした機織りの様子をうかがわせます。転調部分で一瞬声部が減り、のびやかな雰囲気が漂いますが、すぐにまた元の仕事に戻り...。どこか人魚の悲哀を感じさせる曲です。
第21番 ソ,ソ,ソ......の小烏賊(いか)たち
【C-dur→(左3段目)Es-dur&c-moll→(右2段目)C-dur】
《レガート》
テヌートが付いた「ソ」の周りで、様々な色合いの小烏賊が戯れています。遠い調へ転調する中間部は、ガラッと天気が変わり、海の色が変化する感じでしょうか。どんなに小烏賊が戯れようとも、「ソ」のテヌートをしっかり出す、指の分離が求められる曲です。
第23番 わんぱくさざえ
【C-dur→(左3段目)a-moll→(右1段目)C-dur→(右3段目)Des-dur→(右4段目)C-dur】
《リズム》
ポップなリズムに乗って、さざえが元気に遊んでいます。アクセントの部分が、どうも'もぐらたたき'のように思えてしまうのは、私だけでしょうか...。平行調mollへの転調で、少し疲れを見せますが、最後Des-durへの転調と、そこから戻ったC-durの部分は、ハイテンションそのもの!
第24番 手折られた潮騒
【c-moll→(1ページ3段目)Es-dur→(2ページ2段目)gis-moll→H-dur→(2ページ4段目)b-moll→(2ページ5段目)f-moll→(3ページ1段目)c-moll(3ページ5段目)Es-dur→(4ページ2段目)gis-moll(4ページ5段目)c-moll】
《ハーモニー》
曲集中、最もページ数が多い曲。細かな音が多くテンポも速いので難しく感じますが、小節ごとの大きなハーモニーの中で、細かな音がキラキラ輝いているようにイメージすると、格段に弾きやすくなります。細かな音が水しぶき、ハーモニーが波でしょうか...。淡く、でも劇的に変化してゆく調性が、変幻自在な潮騒を連想させます。
第25番 さよりっ子たちの訪問
【F-dur→(1ページ1段目)d-moll→(1ページ3段目)Fdur→(1ページ4段目)d-moll→(2ページ3段目)B-dur、Des-dur→(2ページ4段目)f-moll→E-dur→(3ページ1段目)F-dur→d-moll→(3ページ3段目)F-dur】
《レガート》
細長くて美人、どこか憂いを秘めたさよりっ子たちが、みんなで泳いでいます。中間の鮮やかな転調部分でちょっとした事件が起き、一瞬シャープ系の明るい海に投げ出されますが、すぐに元調に戻り...。決して滞らない美しいレガートが、さよりのしなやかな泳ぎを連想させます。
第26番 磯波のキャプリス
【d-moll→(2ページ3段目)F-dur→(2ページ4段目)d-moll】
《リズム》
磯に打ち寄せる波が、気ままに戯れているような曲。あちらに当たって砕け、こちらに当たって砕け...。転調がほとんどない代わりに、アクセントや拍子の変化で、波の様々な様子が表現されています。
第27番 水泡のおにごっこ
【g-moll→(2ページ4段目)a-moll→(3ページ2段目)g-moll】
軽さの中に、おにごっこの緊迫感とじゃれあう楽しさが漂う曲。捕まりそうになりながらなりながら、唯一の転調部でとうとうつかまってしまった感じでしょうか。調号はシ♭のみですが、隠れた本来の調はg-mollです。
第28番 波のアラベスク
【gis-moll→(2ページ1段目)a-moll→(2ページ3段目)gis-moll→(3ページ2段目)h-moll→(3ページ4段目)H-dur】
《ハーモニー》
どこか懐かしさを秘めた、美しい曲。頻繁に現れるピカルディ(mollの曲で、同主調のdurの和音で終わる終止形)が、波のやわらかなさざめきを思い起こさせる1ページ。転調とともに、時に激しく立ち上っては打ち寄せる波を描く2ページ。そして、徐々に平行調に転調し、全てを儚い夢へと導く3ページ...。名曲です!