第31回 アリエッタと12の変奏曲 第1番 変ホ長調 Hob.XVII/3
この曲は弦楽四重奏曲Op.9-2の「メヌエット」から引用されていて、たくさんの手写稿が残されているため、当時大変好まれていた曲とされています。弦楽四重奏曲では「メヌエット」となっていますが、ピアノ曲では「Arietta」「Moderato」と記されているため、細部のハイドンらしいアーティキュレーションを意識して穏やかな曲想で演奏してみました。
ハイドンが弦楽四重奏というジャンルを切り開いていった功績者ということは第23回の連載で書いた通りなのですが、愛称のついている弦楽四重奏曲が多いのも特徴のひとつで、第24回「弦楽四重奏曲の全体像」の表を見てお気づきになった方もいらっしゃるかもしれません。今回は愛称の意味を少し探ってみましょう。
出版された版の表紙に太陽の絵が描かれていたため『太陽四重奏曲』と呼ばれるようになったOp.20をはじめ、"ロシア大公(パーヴェル・ペトロヴィッチ)に献呈"と記されたことから『ロシア四重奏曲』呼ばれるようになったOp.33、その中には終わり方が面白い『冗談』、鳥のさえずりのような音が聞こえる『鳥』などがあります。プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム2世に献呈された『プロシア四重奏曲』は6曲目にカエルの鳴き声のような音がするため『カエル』と呼ばれています。ハイドンが楽長を務めていたエステルハージ家の楽団にいたヴァイオリン奏者の名が由来とされている『トスト四重奏曲』にはヒバリのさえずりのような音が印象的な「ヒバリ」、イギリス人の訪問客から剃刀をもらったお礼として作曲したという『剃刀』という曲があります。音楽が大好きなアポーニー伯爵から依頼されたため名づけられた『アポーニー四重奏曲』、そしてエルデーディ伯爵の依頼で作曲され同伯爵に献呈された『エルディーティ四重奏曲』の中にある有名な『皇帝』はオーストリア国家(現ドイツ国歌)"神よ 皇帝を護り給え"から引用されているためで、『日の出』という愛称がついている78番はまさにそのような情景が浮かぶような曲です。
ちなみにハイドンのクラヴィーアソナタ(ピアノソナタ)には愛称が全くなく、他の作曲家のソナタに比べあまり親しみを感じないのはそれも理由のひとつにあるのではないかと思います。私自身、愛称をつけるとしたらこんな感じかな、と思い浮かべているものがたくさんあり、また皆様のイメージなどもお伺いできましたら嬉しいです。