ベビーと一緒にクラシックコンサート No.3 クラシカル・ベイビーズ

(c)matsmithphotography 初開催地O2センターで2周年バースデーコンサート次に紹介する「クラシカル・ベイビーズ」は、ウィグモアホールの企画が'一流のコンサートホールに赤ちゃんを連れて来る'という特色を持つのに対して、'ママの日常にコンサートを持ってくる'ことがモットー。ロンドン市内・近郊を中心に8か所のママ・フレンドリーな会場で、毎月異なる編成での室内楽のコンサートを開いている。プロのヴァイオリニスト、アントニア・アゾイテイが主宰する「クラシカル・ベイビーズ」はどのように運営されているのだろうか?
ロンドン中心部にある格式ある室内楽用コンサートホールであるウィグモアホールでは、一流の室内楽のコンサートに加え、教育プログラムも充実している。大人向けには、テーマを絞ったレクチャーやプレコンサートトーク、10代の若者から小学生までの参加型のワークショップは、様々な分野とのコラボレーションも含めた充実のプログラム。2歳から5歳対象の「チェンバー・トッツ」はホールでも地域の幼稚園でも好評の幼児向け室内楽コンサート&ワークショップ。ここに、2008年に「フォー・クライング・アウト・ラウド(For Crying Out Loud!)」という0歳児向けのコンサートと、「トドラー・ボップ(Toddler Bop)」という1、2歳児向けのワークショップが新たに加わった。
| 名称 | フォー・クライング・アウト・ラウドFor Crying Out Loud」 |
|---|---|
| 対象 | 生後0か月~12か月の子どもと保護者 |
| 会場 | ウィグモアホール メインホール |
| 日時 | 年6日程度開催、11:00~11:45 |
| 料金 | 大人1人6ポンド(同伴する乳幼児は無料、予約制) |
(c)matsmithphotography 主宰者・アントニア・アゾイテイは2児の母ヴァイオリニストのアントニアは、イギリスの公共放送局BBCの抱えるオーケストラの一つで、ラジオやプロムスなどでクラシックからポピュラーまで幅広い演奏活動をするBBCコンサート・オーケストラで、フルタイムで働いていた。同じくヴァイオリニストでありロイヤルアカデミー・オブ・ミュージックの教授であるレムス・アゾイテイと結婚した後は、フリーランスとして活躍していた。どういうきっかけで、「クラシカル・ベイビーズ」を始めたのであろうか?彼女にインタビューした。
「クラシカル・ベイビーズ」をスタートしたきっかけは?
「私は妊娠中もずっとヴァイオリンを弾いていたので、その時に赤ちゃんがお腹で動く様子で、どの音楽が好きだとか嫌いだとか分かって面白くて、その頃から次第に、赤ちゃんと音楽について考えるようになっていました。生まれてからも、家で楽器を弾いたり、CDをかけてコンチェルトのピアノパートを歌ったりすると、赤ちゃんがすごくはしゃいで喜んだり、ある曲ではそのままよく眠ったり、違う曲を弾くと違うリアクションをするのがとても面白かったのです。他のママたちにも、こういう経験をして欲しい!と思いました。
そこで今度は、自宅から近いO2センター(オーツーセンター)というショッピングセンターの中のホールを借りて、同じカルテットをやりました。ホールと言っても、板張りの大きなオープンスペース。そこに、自宅のリビングルームでの演奏会を再現するようにしました。自宅のパソコンで、自分の赤ちゃんの写真を入れて手作りのチラシを作って配っただけだったので、ほんの数組しか来ないのではと思っていたのに、初回に20~30組くらいの親子が集まって、信じられませんでした。
その後O2センターで1か月に一度開催していたのですが、一度に60組ほど(親子で120名以上!)集まるようになり、それでは多すぎると思い、近隣のベルサイズ・パークにも会場を借りて、O2センターとベルサイズ・パークの二か所で毎週一回ずつ開催するようになりました。最近は他のミュージシャンが別の場所でフランチャイズのような形で開催してくれる場所もあり、頻度も全て毎月になりました。今はロンドンと近隣地域、そしてマンチェスターも加えて8か所開催しています。」
今は、フルタイムで「クラシカル・ベイビーズ」を運営されているのですか?
「現在は、週に2回午前中に自分でクラシカル・ベイビーズを実施。週によっては他の会場にも足を運びます。他に週に2回ほどBBCのオケの仕事が入ります。その他はレッスンやクラシカル・ベイビーズの運営、準備、子育てにあてています。今は子どもは2人ともナーサリーに行っていますが、赤ちゃんの時は一緒に連れて来ていたので、授乳のために『ごめんなさい!あと5分待って!』と皆に言って、それからコンサートを始めたこともありました。」
クラシカル・ベイビーズの会場は、高いステージと固定座席があるコンサートホールではなく、教会やショッピングセンターにあるホールやカフェなどのオープンスペース。基本的には、演奏者と聴衆がフラットで垣根のない会場で、前の方には柔らかいマットが敷かれ、その後ろに椅子を並べ、さらに後方にもオープンスペースを作ってある。前のマットには子どもが寝ころんだり座ったり、本やおもちゃに触れながら自由な形で目の前で室内楽の演奏を見たり聴いたりする。大人は、そこに一緒に座って聴くこともできるし、後ろの椅子に座って聴くこともできる。さらに後ろのスペースは、ベビーカーを部屋の中まで持ち込んで置けるようになっている。
親子は、遊びながら前のマットでリラックスして聴いてもいいし、椅子で抱っこしても、授乳しながら聴いてもいいし、赤ちゃんがベビーカーで寝ていたら、そのままベビーカーを傍らに置いたり揺らしたりしながら聴いてもよく、本当に自然なスタイルで聴くことができる。アントニアは、その意図について次のように語る。
コンサート会場づくりで大事にしたポイントは?
「『ママたちを赤ちゃんと一緒にコンサートに連れて行く』のではなく、『コンサートホールをママたちの日常に持ってくる』ことを考えました。わざわざ遠くのコンサートホールに着飾って足を運んで、ホールの椅子にずっと座って、ステージの上を見上げるのではなく、いつものリラックスした環境でコンサートをやる、ということをしたかったのです。
そのためには、赤ちゃんを安心して寝かせられる柔らかい床を作ること、人形やおもちゃなど、赤ちゃんが安心してくつろげるものに触れる状態にしておくこと、コーヒーやケーキをいただきながらリラックスして音楽が聴けること、見やすく好きな位置に簡単に移動して聴けること、そしてベビーカーを会場内に持ち込めることもキーポイントでした。せっかく寝付いた赤ちゃんを起こさずそのまま連れて入りたい時もあるし、ずっと抱っこでは疲れるので、ベビーカーに乗せて腕を休ませられる所も必要だと思いました。既成のコンサートホールに親子をあてはめるのではなく、コンサート会場をできる限りママフレンドリーなスペースにすることをとにかく考えました。」
「クラシカル・ベイビーズ」のコンサートは、約40分間の室内楽のコンサート。アントニアや他の出演者が間にトークをはさみながら進められる。トークもママ・ミュージシャンならでは。単なる曲紹介だけでなく、その日の会場の赤ちゃんの様子を見て、今の状態で次の曲を聴くとこういう反応があるかも、とか、このように聴いたら楽しいかも、とか、前にこの曲を弾いたら赤ちゃんがどうなったといったエピソードなども話してくれるので、母親も親近感を持って、自分の子どもの反応を楽しみにしながら聴くことができる。トークの口調は、赤ちゃんに語りかけるというよりは、母親同士のトークという感じ。ウィットが利いていて、演奏する方も聴く方も笑顔が絶えない。
(c)matsmithphotography コーヒーやケーキをいただきながら
(c)matsmithphotography 興味深く近づいていく子もコンサート終了後にも少し会場を開放していて、やりたい人はミニ・ヴァイオリン体験をしたり、ピアノを弾いてみたりできる。
ヴァイオリン体験はどういうきっかけで始めたのですか?
(c)matsmithphotography ミニ・ヴァイオリンでCome & Try「始めて1年半くらい経った頃、主人に提案されて小さいヴァイオリンを持っていき、最後に自由にトライできるようにしてみたのです。ほんの小さな赤ちゃんの頃から毎週来てくれていて、ここで初めてヴァイオリンに出会った子が、たった数分ずつヴァイオリンに触れていただけで、すごい吸収力を見せ、2歳半の時に自分もちゃんと習いたいと言いだして、今でも教えている子がいます。以前は、3歳でもヴァイオリンを始めるには小さすぎると思って断っていたのですが、これを通して、小さな子どもが理解できる範囲、できる範囲がいかに広いかを知りました。子どもには'これは難しい'という先入観がないので、難しいフレーズでもタラララ~と簡単に弾いてしまったりします。」
赤ちゃんが好む音楽、嫌う音楽の傾向はありますか?
「『クラシカル・ベイビーズ』を始めてみて、曲について多くの発見がありました。赤ちゃんにはララバイ、と連想する人が多いのですが、実のところ、ララバイはうまく行きません。立ち歩いたり、たくさんの子が泣き出して、途中でやめたこともあるほどです。大人は短調を聴くのにも慣れているし、ホワイトノイズなどを聞かずに聴く音を選択したり、感情をコントロールすることができますが、赤ちゃんはそれらをコントロールできないので、マイナーキーが感傷的に働きすぎることがあります。ある意味では、音楽がそれだけ子どもの感情に影響するということを示す事例かもしれませんが。
「クラシカル・ベイビーズ」に込められた願いは?
「クラシック音楽は、芸術的な感覚、読む力、異なる言語の習得、数学的なリズム、演奏することによる左右の手と脳の調整能力と、まさにバランスのよい脳の発達につながるあらゆる力を育みます。まだ演奏できない赤ちゃんでも大人でも、音楽を聴くことで、色々な感情に触れ、自分の感情を理解したり、表現したり、他人の感情と共感したりすることで、人との関係を築く基礎を作ることができます。全ての人に音楽家になって欲しいというのではなく、音楽がその人の生活の中で、日常的にいつでもアクセスできるものであって欲しい、と思うのです。私も、普通の一人のママで、たまたま今演奏しているというだけ。ドレスアップして、高尚な場所に行かなくても、誰でも近所でジーンズで聴きに行ける、そんな風に、クラシック音楽を全く普通の環境の中にある日常的なものにしたいのです。」
取材・執筆 二子 千草








