第83話『河井寛次郎記念館にて(Ⅰ)♪』
まずは、『夢の浮橋』のモチーフを活かしてピアノ曲を制作する事とした。静寂と集中を求めて現代へ戻ると、叔父のすむ京都貴船※1に身を寄せた。恩師の著書を紐解きつつ、『夢の浮橋変奏曲』※2の作曲は徐々に進む。
ギャラリーの番号にかけると、陶芸家の登与子なる人物は不在であった。古美術の鉄平堂の名前を出すと、ややあって店の主人が出て愛想良く、五条※3の河井寛次郎記念館※4にいると教えた。
「かわいかんじろう?」
「お宅にも木彫の名品がありますでしょ」といわれて、自分が五線紙の束を入れている文箱の事かと思いあたる。桜の木彫りの文箱は底が深く、おおらかにひらたく、作曲用の五線紙がすっぽりおさまるので重宝していた。
折しも縁側から明るい風が吹き込んで、『楽式論』※5のページがふわりとめくれた。
ピアノ独奏曲『夢の浮橋変奏曲』は第12変奏のうち、4曲がいちおう完成し、8曲を書きあぐねていた。書いたそばから浄書して恩師へ郵送していたが、まだ返事はなかった。
春には曲を書き上げて戻ります……と19世紀パリの人々に約束した手前、気ばかり焦る。件の文箱は五線紙であふれて、そのほとんどが汗に滲んでいた。
「登与子さんはその、河井寛次郎さんにご縁のある方ですか」
鍵一が尋ねると、電話口で相手はやや沈黙して、
「なにか御言付けはございますか」と、質問を返してきた。やわらかな口調の裏に好奇心を聴いて、鍵一は言い澱んだ。
「いいえ……」
「そうですか。では、お気をつけてお越しくださいませ」
陶芸家の登与子が『夢の浮橋』に関する品をもっているかどうか、叔父にも確証はないらしかった※6。ただ、手掛かりがあるなら訪ねてみようという急いた心地が、鍵一を手早く着替えさせた。猫のフェルマータを懐に入れて、足早にバス停へ向かった。
河井寛次郎記念館には猫がいた。
鍵一に「にゃあ」と挨拶し、次いでフェルマータを「ふむ」と招いた。猫同士でなにやら
sotto voce
※7に話し込んでから、鍵一を仰いで同時に鳴いた。待ち人は確かに、この館に居るらしかった。
館内は静かだった。陶芸家の生前の住居兼アトリエは、おおらかな意匠にみちていた。作品はみな大きく、その量が膨大であった。中華ふうの青い壺があった。金魚の絵柄の碗があった。木彫りの猫がいた。楕円の大皿は、19世紀パリのレストラン『外国人クラブ』※8の魚皿に似ていた。
主屋を抜けて中庭に出る。なかなか人の気配がない。
すると、この館の猫がとことこ歩いてきた。鍵一の前を通りすぎると、こちらを振り向き、返り見して、先に立って歩いてゆく。さっそくフェルマータが後に続いた。鍵一も案内に従って、板敷きの廊下を歩き、梅の薫りに耳を傾け、陶房のろくろを眺めた。……
なるほど、登り窯※9にそのひとは居た。巨大な窯の連なる頂上付近で、室(むろ)を熱心に覗いている。ロングスカートのウルトラマリン・ブルーが濃い。
鍵一が声をかけるより、相手が振り向くほうが早かった。ほほえむと、珊瑚のイヤリングがきらきら揺れた。
つづく
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鍵一が作曲するピアノ独奏曲。幻の名曲『夢の浮橋』のモチーフを活かし、12の変奏から構成されます。変奏曲はそれぞれ、19世紀の旅で出会った人々(と猫)の肖像を表しています。実際には作曲家の神山奈々さんが制作くださり、ピアニストの片山柊さんが初演をつとめて下さいました。2022年、本作の音楽劇とともに改訂初演されます。
♪『夢の浮橋変奏曲』&音楽劇が聴けるピアノリサイタル(2022年)
京都・パリ 2つの古都のための片山柊ピアノリサイタル ―音楽劇『旅するピアニストとフェルマータの大冒険』他―
京都市下京区の地名。
陶工、河井寛次郎(1890-1966)の住居兼アトリエを基とした私設美術館。2023年に開館50周年を迎えます。
B先生が鍵一に贈った作曲資料のひとつ。第48話『作曲入門 B級ブックガイド♪』をご参照ください。
第82話『巡る夢の浮橋♪』をご参照ください。
音楽用語で「ひそひそと、声をひそめて」の意。
当時のオペラ座(サル・ル・ペルティエ)に程近い、路地裏のレストランです。
なお、当時のオペラ座は、現在のガルニエ宮から東に400メートルほど離れた位置にありました。建物は1821年から1873年まで使用され、ロッシーニやマイヤベーアなどのグランド・オペラが数多く上演されました。
陶磁器を焼成するための窯。傾斜地に複数の窯が連なっており、高温を保ちながら大量の作品を焼くことができます。江戸時代に朝鮮の窯に倣って造られ、全国に広まりました。
京都市では京都府公害防止条例(1967年)により、登り窯から排出される煙が規制され、窯は操業停止となりました。窯跡は景観重要建造物として、製陶業の歴史を今に伝えています。