ピティナ調査・研究

19. パリで出版されたチェルニー練習曲―3つのタイプ その1

「チェルニー30番」再考
第二部「30番」再考
19. パリで出版されたチェルニー練習曲―3つのタイプ その1

「練習曲」としてパリで出版されたチェルニーの教育的作品は、第7回で見た「練習曲」と「訓練課題」の定義に照らしてみると、3つの基本的なタイプに分類することができます。

  • 純粋にメカニックな訓練に捧げられた練習曲で、旋律や和声は重視されず「訓練課題exercices」と実質な相違がないもの。
  • 「練習曲」と「訓練課題」の中間的なタイプで、全体として様式よりはメカニックな訓練に重点を置くもの。
  • メカニックな訓練に劣らず、全体として表現様式に比重を置くもの。
  • その他

次の表は、この基準にしたがって、表1(前回参照)に挙げた練習曲を分類したものです。※1

タイプ① タイプ② タイプ③ その他
261 基礎的練習曲 161 全長短調による48の練習曲-前奏曲とカデンツァの形式による 672 24の優雅な練習曲 400 フーガ演奏と厳格様式の作品を演奏するための学習、12の前奏曲と12のフーガを含む
337 40の練習曲からなる日々の訓練 299 敏捷さの練習曲集 684 練習奨励-24の楽しい練習曲 765 流れる練習曲
365 ヴィルトゥオーゾの学校―華麗さと演奏の練習曲集 (通称「60番」) 335 レガートとスタッカートの練習曲集 692 24 の性格的大練習曲 779 不屈の人―敏捷さの練習曲
    409 50の特別な練習曲 699 指をほぐす技法―50の向上の練習曲 838 根音バスのあらゆる和音についての実践的な知識を得るための練習曲集
    636 24の敏捷さの小練習曲 作品299への導入として 754 6つの練習曲、またはサロンの楽しみ (-) 練習曲の練習
    718 左手のための24の平易な練習曲 819 旋律―28の旋律的で響きの良い練習曲    
    748 25の平易で段階的な練習曲        
    749 進歩, 25の練習曲, J. B. クラーマーの練習曲集への導入        
    753 進歩, 30の練習曲        
    807 100の練習曲        
    818 50の能弁の練習曲        
    820 90の新しい日々の練習曲        
    849 30のメカニスム練習曲(通称「30番」)        

では、それぞれのタイプの特徴を、実例とともに見て行きましょう。

純粋にメカニックな訓練に捧げられた練習曲で、旋律や和声は重視されず「訓練課題exercices」と実質的な相違がないもの。

このタイプは、練習曲étudesと訓練課題exercicesがジャンルとして未分化だった20年代以前の考え方(本連載第5回参照)の名残と見ることができます。特に、「40の練習曲からなる日々の訓練」という混合的なタイトルはその形跡を留めています。タイプ①に分類された最初の3作(作品261, 337, 365)はいずれも30年代に出版されおり、まだ20年代以前の用語の混乱が残っていたことが分かります。
さて、このタイプ特徴は、パッセージの短さにあります。各練習曲は4小節や8小節しか続かず、「曲」というよりは曲のワンパッセージを抜き出したような体裁をとります。

次の譜例1は《基礎的練習曲集》作品261の最初の2曲です。和声付けされてはいるものの、作品はわずか4小節しか続きません。一番は右手の、1番は左手の5指練習です。


C.チェルニー 《基礎的練習曲集》作品261 (1833), 第1, 2番
譜例

次に示す例は、1837年に出版された《ヴィルトゥオーゾの学校―華麗さと演奏の練習曲集》作品365の第41番の冒頭8小節です。1830年代後期は、練習曲が苛烈な技巧・様式探求が最高潮に達した時期であり、譜例2に示すような大きな右手の跳躍の連続は急進的な技巧探求の潮流にいち早く対応しようとして編み出された練習課題です。この曲集では、同じ音型の特定パッセージを何度も繰り返すことが求められます。下の例では「20回反復すること」とあります。


《ヴィルトゥオーゾの学校―華麗さと演奏の練習曲集》 (1837) 作品365 第41番, 跳躍練習
譜例

この41番にはこのあと、反復される2小節から8小節の様々な技巧的パッセージと締めくくりのコーダが続きますが、それは単一の主題によって統一された楽曲の体裁を取るものではなく、あくまで多様なパッセージの羅列によって構成されています。 同じ曲集からもう一つの例を挙げましょう。譜例3は他の声部が伴う半音階の練習です。これもやはり「20回反復」することと容赦のない指示があります。


《ヴィルトゥオーゾの学校―華麗さと演奏の練習曲集》 (1837) 作品365 第19番, 他声部を伴う半音階
譜例

この楽譜はどこかで見たことがありますね。そう、ショパンの〈練習曲〉 作品10-2と同じ書法です。右手の3,4,5の指が交差する当時としては特殊な運指を要求する音型です。譜例4はショパンの作品10-2の冒頭です。


ショパン《練習曲集》作品10 (1833), 第2番 冒頭
譜例

1833年に出版されたショパンの練習曲の特殊性を、チェルニーは4年後にいち早く反復練習の課題として提示しているのです。チェルニーがいかに進取の気性を持っていたかがよくわかる例です。《ヴィルトゥオーゾの学校―華麗さと演奏の練習曲集》で、チェルニーは44の課題を通して新しい音型の定型化・一般化を推し進めました。 しかし、チェルニーは30年代を過ぎると、このように実質的には「訓練課題exercices」と呼んで差し支えないパッセージ訓練集を「練習曲」の名のもとに出版することはなくなります。 それでは、次回はタイプ②のいくつかの例を提示しながらその特徴を見ていきましょう。


  • 現段階で楽譜が見られなかった以下の作品は除外しています。作品694、755。
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