ピティナ調査・研究

5. 練習曲の定義の変遷(1820年代~30年代) その3:練習曲は辞書でどのように定義されたのか?

「チェルニー30番」再考
第一部 ジャンルとしての練習曲
~その成立と発展(1820年代~30年代)
5. 練習曲の定義の変遷(1820年代~30年代)
その3:練習曲は辞書でどのように定義されたのか?
『現代音楽事典』(1825)を著した
音楽著述家・作曲家カスティル=ブラーズ(1784-1857)

さて、このクラーマーの曲集と「グラドゥス」が出版された1810年前後をおおよその分岐点として、「練習曲études」と「訓練課題exercices」の区別は次第にはっきりしていきます。「練習曲」は同じ音型の反復に基づく独立した曲へ、そして「訓練課題exercices」は旋律や和声の創意工夫が殆ど施されない指の体操へと、それぞれの道を歩み始めます。とはいえ、クラーマーの練習曲集が出版されたのちも、しばらくの間は「練習曲」と「訓練課題」は定義上、区別が曖昧なままでした。 1825年、フランスの音楽著述家・作曲家のカスティル=ブラーズ(1784-1857)は、音楽辞典に「練習曲études」という項目を立て、次のように説明しています。「練習曲étudesはもっぱら練習室での訓練のために、また、生徒が次に著名な大家のソナタや協奏曲の中で出くわすあらゆる種類の難しい技巧に慣れさせるために書かれる」※1。さらに、彼によると、練習曲が書かれる際には、「耳触りをよくすることに対して全く関心が払われない。練習曲は訓練課題exercicesと非常によく似ている」と言います。つまり、カスティル=ブラーズにとって練習曲とは、実際の作品に登場する難しいパッセージを手短にまとめ、効率よくテクニックを学習できる曲だと定義しているのです。

カスティル=ブラーズ『現代音楽事典』
(1825)の表紙

「練習曲」と「訓練課題」を同一視するカスティル=ブラーズは、両者の違いをその用途にしか認めていません。「訓練課題は声や楽器にも関係するが、練習曲は楽器の演奏にしか関係がない。」つまり、カスティル=ブラーズは「練習曲」が器楽特有のジャンルだという点を指摘しているにすぎません。

このように、20年代の時点ではまだ概念的には、練習曲と訓練課題の違いははっきりと分類されていなかったことが分かります。「練習曲」と「訓練課題」の未分化状態は、少年フランツ・リストが1826年に初めての練習曲を出版した曲集のタイトルにもよく現れています。そのタイトルはクラーマーの第一巻に倣った次のようなものでした。《全長短調による48の訓練課題としての練習曲(*単数形!)Étude en 48 exercices dans tous les tons majeurs et mineures》(下図参照)。

しかし、「練習曲」と「訓練課題」に与えられたネガティブなイメージは若い音楽家たちの手によってポジティブなものへと変えられていくことになります。リストの「訓練課題としての練習曲」が改訂を重ねて《超絶技巧練習曲集》へと成長を遂げたように。

フランツ・リスト:《全長短調による48の訓練課題としての練習曲》(1827)16歳のころに出版。肖像画とともに クラーマーの先例に倣って、《Étude》 は「練習」という意味の単数形で書かれている。
  • カスティル=ブラーズ『現代音楽辞典』 Dictionnaire de musique moderne, Parsis, Magasin de musique de la lyre modenre 1825, p. 223-224.