ピアノの演奏シーンがどれも自然で美しく、感動しました。京本大我さんはクランクインの３か月以上前から、幼少時代ピアノに親しんでいた古川琴音さんは１か月以上前から練習を重ねたそうですね。演奏シーンの撮影はどのように進められましたか？

クランクインの数か月前の初顔合わせの時、「この映画ではピアノが弾けることは前提条件でしかなくて、その先の登場人物たちのキャラクターや心情をどう表現できるかというところにまで取り組んで欲しい」とお伝えしたんです。その言葉でスイッチが入ったように、ふたりとも猛練習をしてくれました。最初にあえてハードルを上げたことが、結果として完成度の高い演奏シーンにつながったと思います。

連弾のシーンは手が交差する箇所も多く、ふたりの息を合わせるのが大変だったのではありませんか？

最初の連弾シーンは、ふたりの仲が深まる象徴的な場面でしたが、同時に挫折をした湊人がもう一度音楽の楽しさを思い出すシーンでもあります。加えて、少しずつ湊人の状況を知り始めた雪乃の心の動きなど、複雑な感情を表現しなくてはならない重要なシーンでした。異なる角度から何度も撮影し、スタッフ全員でシーンを作り上げました。僕としても「このシーンがうまくいかなければ、この映画はうまくいかない」という覚悟で臨んだ、思い出深いシーンです。

劇中、ショパンの楽曲が非常に効果的に使われており、シーンや登場人物の心情にぴったりと寄り添っていて、映像の美しさと相まって映画の世界観を作り上げていました。選曲はどのようにされたのでしょうか？

音楽担当の方にいくつか候補を出してもらって、その中から僕が選ばせてもらいました。後の方で雪乃の秘密が明らかになる場面では、ピアノバトルのシーンや最初の連弾シーンとは対照的な選曲をしています。音楽によっても、登場人物の気持ちを表現していきたいと考えました。

表題曲の「Secret」も、耳なじみがよいメロディーでありながら、どこかショパンを意識したような楽曲でした。

作曲家の富貴晴美さんにメロディーを口ずさめるような、愛される曲を作って欲しいとお願いしました。クラシックの要素を取り入れながら、初めて聴いた人も覚えられるような、分かりやすく美しい曲にしていただいたと思います。

湊人は留学先で挫折を経験し、帰国した音大生です。未来のピアニストたちも、日々そうした挫折や葛藤と闘っています。そうした人たちにとって、湊人の経験はまるで自分のことのように感じられるのではないかと思いました。

ピアニストもそうでしょうし、他の表現においても、もちろん映画の世界でも、「こんなことをしていて食べていけるのか、将来どうするんだ」とか葛藤する時期はあるんだと思います。湊人の挫折と、それをいかに克服して、ピアノの世界に引き戻せるか、というのがこの作品の大きなテーマとなっています。そのための重要な役どころを雪乃が果たす。そこは最も丁寧に描きたかったところです。

京本大我さん、古川琴音さんというキャスティングも絶妙でしたね。

そうですね、「これからどう生きていくか」という葛藤の最中にいる湊人には、京本さんのようにある程度経験を積んだ役者である必要がありましたし、古川さんは自分の事情や秘密を抱えながらも湊人を支えていくという、難しい役どころだったと思います。

こうした挫折の経験は、監督ご自身の経験とも重ねて考えられたのでしょうか。

もちろんです。お金のこととか才能のこととか、将来のこととかね、色々と悩んだ時期もありました。自分に才能がない、そう分かったとしても、そこで止められる程度のものならばいいんだけれど、いくら挫折してもやっぱり止められないものってあるんです。

僕自身、この世界がどうしても好きだから、映画が好きだからって気持ちだけでやって来ました。挫折を克服するということすら忘れるくらい一心不乱にやっていけば、いつかふと、違う場所に来ているということがあるのかも知れません。苦しければ苦しいほど、そこを抜けられた時の達成感もすごいものがあるだろうしね。苦しくても続けていくことしか、方法はないんじゃないかな。そうした葛藤の最中にいるピアニスト達にも、ぜひ見ていただきたい作品です。

最後に、ピアニスト達に一言メッセージをお願いします。

僕はピアノという楽器には、本当に人の心を動かす力があると思っています。ピアノを弾けない僕にとっては、今のその挑戦は本当にすごいこと。どうか、一心不乱に、続けていってください。

取材・文＝山平昌子
撮影＝石田宗一郎