ピティナ調査・研究

番外 ―パリ音楽院の名士たち Vol.2-1 アンリ・ラヴィーナ公開録音会

ショパン時代のピアノ教育

このたび、PTNAホームページで連載中の「ショパン時代のピアノ教育」に関連する公開録音会第2回を開催することとなった。第2回目はフランス・ピアニズムの立役者アンリ・ラヴィーナ(1818-1906)の作品展。録音会に先立ち、簡単に会の目的・内容にふれておく。


※イベントは終了しました

2009年10月5日(月)
19時開演(18時30分会場)
東音ホール(全日本ピアノ指導者協会事務局内)
※JR・都営三田線巣鴨駅南口より徒歩1分

入場無料
お問い合わせ:XIXe_piano@hotmail.co.jp
プログラム

1. 2つのナポリの主題によるサロン幻想曲Op.5
2. ウェーバーの「オイリアンテ」による大二重奏曲Op.9(二台ピアノ版)
3. ノクターンOp.13
4. 様式と向上の練習曲集Op.14
5. エレジーOp.22
6. 自作の主題による変奏曲Op.23

解説:上田泰史
演奏:中村純子、林川崇、松下倫士


19世紀前半、パリはショパン(1810-1849)、リスト(1811-1886)、タールベルク(1812-1871)といった外国人が活躍した一大舞台だった。しかし、パリで輝きを放ったピアノ音楽の巨星は外国人ヴィルトゥオーゾばかりではなかった。彼らに遅れることわずか数年、パリではフランス・ピアニズムの未来を決定づけることとなるピアニスト兼作曲家たちが次々に誕生する。すなわち、アルカン(1813-1888)、マルモンテル(1816-1898)、プリューダン(1817-1863)、ラコンブ(1818-1884)、ラヴィーナ(1818-1906)たちである。彼らはパリ音楽院に学び、1810年代初期に生まれた異国のヴィルトゥオーゾの技法を取り込みながらピアノによる独自の表現様式を探求した。彼らの音楽作品・教育の伝統は、後のフランクドビュッシーディエメルコルトーらへと受け継がれることとなる。
今回紹介するラヴィーナのフランス・ピアニズムへの功績は極めて重要であり、フランス・ピアノ音楽を語る上で決して無視できるものではない。1818年ボルドーに生まれたラヴィーナは、母の手ほどきにより才能を開花させ、同地を訪れたパリ音楽院ピアノ科教授ヅィメルマンに見込まれてパリ音楽院に入学、34年、わずか16歳で一等賞を獲得しピアノ科を修了した才人である。演奏ばかりでなく、初見能力にも長けたこのピアニストは、卒業後音楽院の専攻外ピアノクラスで教鞭をとることとなった。
彼は演奏会ヴィルトゥオーゾとして活動しながら自作品を出版し続けた。ラヴィーナが最初に作品番号を付けて出版した作品は、師のヅィメルマンに献呈され、音楽院の教材としても使用された《12の演奏会用練習曲》作品1(1838)で、それまでの最も困難なピアノ技巧を集成した曲集である。驚くべきことに、この作品は彼のデビュー作でありながら規模、テクニック、入念に計算された転調、複雑な拍節構造の点でラヴィーナの全作品中最大の傑作に位置づけられる。この曲集は出版当時パリのヴィルトゥオーゾ界にセンセーションを巻き起こしたと云われる。だが、その演奏には計り知れない労力を要するため、今回は演奏されない。幸いにも、ピアニスト・作曲家の金澤攝氏の演奏がYoutubeにて公開されているので参照されたい。(※現在は非公開)
ラヴィーナはその後、作品1で見せた覇気をやや弱めながら、40年代、ノクターンや性格小品などサロン風の作品および練習曲を出版するようになった。だが、それらの作品はラヴィーナが音楽院で培った和声の技量、計算された明快・簡潔な形式、常に前向きで明るい性格を備えており、格調の高さにおいて明らかに同時代の安易なサロン曲とは一線を画している。今回演奏されるノクターン作品13の演奏はこちらから聴くことができる。
今回の演奏会では、この40年代の諸作品から、独奏、連弾、二台ピアノによる様々な形態・ジャンルの音楽を取り上げる。各曲の詳細・及びラヴィーナの前半生については当日配布する解説を参照されたい。
概して、シューマンやショパンのように深刻で複雑な内面表現を全面に押し出す音楽が「芸術的」あるいは「ロマン主義的」と称され、価値が高いと見なされる。しかし、ラヴィーナのピアノ曲は同時代にありながら、これらの作曲家とは真逆の表現方法をとっている。彼の響きは陽の日差しと適度な温度をまとい、聴く者に爽快な感動を与える歓喜の音楽である。ショパンと同時代に生きたこの作曲家の作品の上演が、「芸術的」とはなにか、「音楽の価値」とはどこにあるのか、といった根本的問題に思いを巡らせる契機となれば幸いである。

平成21年9月11日

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