生徒の「こころ」を育てたい 留学後に教室始める
ピアノを通じて、生徒の「こころ」を育てたい。
3歳からピアノを弾いていますが、私の家は音楽一家ではなくて、あくまでひとつの習い事として始めました。好きが高じて高校と大学も専門的に学べる環境を選んだのですが、優等生ではなかったし、スランプも多かったんです。辞めようと思ったことも何度もありました。大学2年生の頃には、「ピアノを仕事にするのか」ということを本気で考えるようになりました。
進路に悩んでいた折に、当時ベルリン芸術大学で教鞭をとられていた大平由美子先生に出会い、そのヨーロッパ式レッスンに感銘を受けたんです。さらに大平先生とのご縁から、当時同大学の名誉教授だった故エーリッヒ・アンドレアス先生の公開レッスンを受けることができました。ヨーロッパ式のレッスンは、技術的なことばかりでなく、「音楽の呼吸法」を教えてくれる深い内容でした。自信を失っていた時に、先生方のおかげで、「ピアノを仕事として誰かの役に立ちたい」という幼い頃からの夢をこのまま終わらせたくないと強い気持ちを持ち直すことができたんです。それから大平先生のもとで準備と努力を重ねる中で、ハンガリーのリスト音楽院の留学試験に合格することができました。
留学中は、とにかくたくさんレッスンを受けて、演奏経験を積みました。様々なホールで弾かせていただけたことは、本当に現在の糧になっています。留学期間は2年間でしたが、本場の音楽を学ぶ中で、自身も受けた「音楽の呼吸法」を教えるレッスンを日本でも広めたいと思うようになり、帰国後に自宅で教室を構えました。
帰国後のピアノ教室開講は、完全にゼロベースからだったので、本当に大変でした。でも開講前より、開講後の「自分の目指す教室運営と生徒がレッスンに求めるもののギャップ」という悩みの方がより大きかったですね。当初集まった生徒の中には「音符が読めるようになればいい」「お友達がやっているから」というモチベーションの子もいましたから。様々なスタンスの生徒が集まる中で、どうやって自分の教室の方向性を定めていこう、と長い時間悩みました。大きな成長を、生徒にも保護者の方にも目に見えて実感してもらってモチベーションを上げていけるようにコンクール等への参加も進めてきましたが、目的が様々な生徒たちと多く接する中で、技術や音楽性を教えるだけでなく、ピアノ以外の要素も一緒に育ててあげられるようになりたい、と思うようになりました。
2011年に教室を開き、様々な生徒と出会う中で最終的に、どんな目的の生徒であっても共通して一番大切にしたいことは、「こころ」を育てること、という方向性が定まりました。
どんな小さなことでも「何のためにやるのか」を意識して取り組むことが大切だと感じています。一つ一つの挑戦に生徒が目的意識を持って取り組めるようにレッスンの中では色々な話をします。努力を続けていくには忍耐が必要なので、時には涙も見えますが、その先に「頑張ってよかった!」と思える体験や、一人ひとりその子にしか咲かせられない花が必ずあると信じてやっています。それをきちんと伝えられるように、生徒や保護者に向ける言葉と、コミュニケーションを丁寧にとることは何より大切だと感じています。指導者・生徒・保護者の信頼関係とそれぞれの心の余裕を保っていくのは難しいことですが、それぞれの思いをきちんと共有していくことが生徒の喜びや「こころ」の成長につながっていくことを多くのご家庭から学ばせていただいています。
あとは、生徒と密なコミュニケーションをとれる、そしてピアノや音楽を楽しめる機会を意識的に作るようにしています。たとえば、私自身が幼少時に両親とピアノ連弾をしたことがとても想い出に残っているので、ピアノが苦手なお父さん方にもご参加いただける「親子連弾」を開催しています。他にも、小さなレストランでお食事をしながら音楽も楽しむ企画など、ご家族の思い出となるイベントはとても好評です。発表会は秋に1回ですが、ハロウィンシーズンにかぶる年は仮装発表会にして、「ステージは楽しい!」という感覚を持てるようにしています。昨年は、札幌交響楽団のクリスマスコンサートに生徒みんなを連れて行って、その帰りに札幌市のミュンヘンクリスマス市を歩く、というクリスマス遠足を行ったりもしましたね。
仕事はピアノの先生ですが、ピアノ一辺倒にならず、たくさん生徒とコミュニケーションをとって、多角的に生徒を見てあげることを大事にしたいです。私自身、生徒とそうやって向き合ってくださる先生に恵まれてきました。今度は自分の生徒にそれを還元していきたいと思っています。
夫の仕事の都合があって、最近帯広に新しく拠点を移しました。生徒集めも新たにしなければいけないので、しばらく大変だと思いますが、指導の方針は変わっていません。まずは、ピアノを楽しいと思えるように、たくさんコミュニケーションをとること。そして、演奏する曲をより素敵な音楽にするために、一つひとつの音楽に合わせた呼吸法を知ってもらうこと。
私がモットーにしている「苦悩を突き抜けて歓喜に至れ」というベートーヴェンの言葉があります。ピアノを辞めようかと悩んだ学生時代も、生徒集めに苦労をした教室開講当初も、いつも励まされていた言葉です。指導方針が定まるまでにはたくさん苦労しましたし、時間もかかりましたが、その分生徒たちの成長の喜びは大きいです。これからも私なりのやり方で、生徒たちの成長に携わらせていただけたらと思っています。
北星学園女子高等学校音楽科卒業後、札幌大谷短期大学ピアノ科を経て、2009年より2年間、東欧ハンガリーのハンガリー国立リスト音楽院にて学ぶ。ハンガリー留学から帰国後2011年より本格的にピアノ教室を主宰。後進の指導に当たりながら、自身も演奏活動を行う。2016年、第35回毎日こどもピアノコンクールにおいて毎日新聞社より優秀指導賞を受賞。2016年・2018年ピティナ指導者賞受賞。