ピティナ調査・研究

055.メッセージである楽語

100のレッスンポイント

楽譜というのは、そのほとんどが過去の遺産のようなものです。どう弾いたら最も作曲者の意図していることに近く、感動できる演奏へとつながるのか?音とリズム、ハーモニーから感じ取ることが大切ですが、ダイレクトに「こう弾いてほしい」と書かれているのが、楽語です。

 

ピアノが改良されるとともに、多くの音の感じ(強弱やニュアンス、音色など)を出す事が可能になり、作曲家も細かく指示を残す事が多くなりました。まだピアノが普及していないバロック時代には、なかったことです。

楽語を書くことにより、作曲家が自分の意思を伝えやすくなったと思います。
演奏する人は、実際に作曲家に会って聞くことはできない(ほとんどの場合は)のですから書かれている事が頼りだと思うのですが、不思議なことに、それらを無視して弾いている人を見かけます。

なぜか、音符とリズムは読んでいるのに、そのすぐそばにある楽語や指番号は一切見えていない人がいます!どうして、大切な表情につながる作曲家からのメッセージや、便利に弾きやすくなるため、丁寧にアドバイスしてくれている指番号を無視するのか??甚だ不思議です。

大人は便利なものが大好きで要領が良いので、それを見逃す手はないと思っていますが、子供たちは、そんなこと知らなくても弾けるとでも思っているのでしょうか?もったいない!

小さいうちに、音を読む(リズムも含め)事がピアノを弾くことだと思うのでなく、音を読んだことで「表現をする事」がピアノを弾くことだということを、常に意識させておきたいです。

それには、読んだ音をどういう風に表現したらよいかを考えるわけで、楽語や書いてある強弱記号などは当然必要になります。

私が使っているバスティンのレベル1(p45)に「おまわりさんと泥棒」という曲があります。おまわりさんが泥棒を探してゴミ箱を見て回ります。逃げられないようにゴミ箱に忍び寄り、ぱっとふたを開ける!いないので、次のゴミ箱に!...という絵からイメージされるお話が、pやf、クレッシェンド、ディミヌエンド、アクセントなどによって、表現されるように作られています。

同じメロディーでも、fに向かうクレッシェンドと、mPに向かうクレッシェンドでは、音の幅が違います。この曲に難しい表情記号は一切なく、単純な初歩的な記号だけですが、それらを確実に演奏すると、16小節の中でこんなに表現できるのかと思うくらい、ドラマになります。心の中に「おまわりさん」のシーンが思い浮かぶ事もプラスされてのことだと思いますが、記号を無視して弾いてしまう場合との差は歴然です。

ロマン派以降のものには当然、とても表現を左右する表情記号が多く書かれていると思います。「これが日本語で書かれていたら無視できないよね!」とよく言います。悲しいかな、ほとんどがイタリア語です。身近でないアルファベットで書かれていることが無視する要因だと思いますが、そこで意味を教えてあげてもその場だけ。あまり心に残りません。また次も「何だっけ?」の繰り返しです。

そこで、小さい子には、ディズニーの絵の入った小さい辞典を使って調べてもらっています。近頃の教材は(バスティンもですが)、背表紙辺りに楽語辞典などをつけてくれているものもあり、それも活用しています。
楽語が、その曲を生かす宝石のようなものなのだと意識し、「なんだろう?」と興味を持ち、自分で調べたりしながら、覚えていく事を促すのも大切だと思います。
なんでも便利に、知らない事は簡単に調べられる世の中ですが、自分の弾いている曲を大切にするために、面倒でも、辞書を引くような作業をし、小さな努力の積み重ねでより演奏力がアップしていくような過程を、大事にさせたいと思います。

書いてある事を全て網羅して理解、実行でき、自分の演奏がステキになったと感じる事が、確実な表現力アップにつながる。すばらしいことだと思います。

エピソード

エピソード1

チェルニー40番にも「ドルチェ」があります。
いつもとても音色を変える子が、その前の部分とまったく同じように弾いたので、「dolce」は?と尋ねると、「?・・」、「え・・??忘れている!」と信じられませんでしたが、色々とヒントを与えて、思い出してもらいました。次にそこを弾くと、夢のようにとろける音で弾いてくれました!指の練習のためのような曲が、名曲に変わった思い出です。

エピソード2

以前、「8小節のチェルニー」を使っていました。
載っている曲は全て8小節です。半分くらいまではとても簡単で、チェルニー40番などと平行できます。
ところが、後半はたった8小節であるにもかかわらず苦労する曲ばかりで、なかなか最後まで行き着かない曲集です。これも、ただ弾くのでなく「8小節で感動できるように!」をモットーにしていました。技術と表現力が伴わないと感動はしません!もちろん表現のために書いてある記号を音にする事はとても大事でした。この曲集を、感動をもって完奏(?)した数名は、確かにすばらしいピアニストになりました。

エピソード3

高校生で転入してきた生徒が、結構技術力があるのにとてもつまらない演奏をします。ロマン派の曲をペダルなしで、無味乾燥に弾かれた時には聴いているほうが固まってしまいました。何故なのかいてみると「前のところではきちんとテンポで弾けるようになってから、ペダルを入れることになっていました」とのこと。まさか「表情なく」という指示はなかったと思いますが、びっくり。 「悪いけど、テンポで弾けるまでの何週間か。それはまったく違う曲になっていて、そんな曲を聴いている間に、つまらないのが当然と言う感覚になると思います。」と説明しました。
きっと毎日がつまらない音楽を聴いている時間でしかなく、同じ曲を練習するのでも、きれいな音できれいな音楽(その曲にあった)を聴いて過ごすのとは大違いだと思います。
私は新しい曲を見るとき、始めから両手で弾いたり、速いテンポで弾くような無理はしない代わり、書いてある事は全て、よりオーバーに弾いていくよう、fはともかくf、pはともかくp。「どこに何が書いてあるか」を常に同時に見ていけるよう、慎重に片手で弾くように促しています。