041.カギは「ふつうでないところ」
次の「読譜のポイント」の章でも再び触れますが、表現のポイントは、曲の「普通でない」ところにあると思います。
もちろん、曲のどの部分も感性豊かに、ステキに感じ、心を込めてそのまま音に出来ることが理想です。
しかし、ピアノを習い始めで音符を音に移すことにばかり気を取られている人や、楽譜を見てそのまま何となく弾いてきたしまった人などに対しては、少しヒントを与えることで、表現したいと思うようになり、よりステキな演奏になることがあります。
楽譜を見る時、そこにヒント(作曲者の気持ち、表現のツボなど)がたくさん、宝物のように隠されています。それらを見つけ出し、活かせるようになると、どんどん演奏が変わってきます。
そのようなヒント見つけ出し方とは?
いたって簡単!
「ふつうでないところ」を見つける!
たとえば、その曲の中に、一箇所、あるいは、数箇所しかないリズムや、とても広くて目立つ音程(詳しくは読譜のポイントのところで)や音型。
臨時記号というのも、わざわざ付けられているものですから、とても大切なヒントです。
バスティンのベーシックスシリーズ1巻の初めに、「トムキャット」という曲があります。「しのびあしで!」と書き添えてある、たった4小節の曲です。ファの音に臨時記号で#(シャープ)が付いています。この#を付けずに弾いてみます。とても素直で美しいと感じます。しかし、「しのびあし」の雰囲気はどこにもありません。次に#をつけてみると、ドからファ#に上がる部分がなんとも言えず不気味なムードになり、「しのびあし」が生まれます。この面白い音を出す際に、心の中で「しのびあし」の場面を思い浮かべていると、更に豊かな表現ができると思います。この「ド―ファ#」の音程は増四度ですが「三全音」ともいい、中世の頃は「悪魔」と呼ばれた音程です。実に不気味です!
ところがこの曲に対して何も感じず「#が付いてるから、付けて弾きました」という感覚の人が多いです。そんなことで不気味さが演出できるでしょうか?
「#をつけることで面白い音になった」と感じられた人は、「他にも面白いところはないかな?」と探したくなります。年齢の低い人のほうが、よりその傾向にあります。臨時記号は、厄介なものでも面倒なものでもなく(そう思っている人が多いのでは?)「面白いものなんだ!」と思ってほしいです。
始めは、宝探しの気分で「ちょっとしたステキなところ」を見つけ、そこから表現していくと良いのではないかと思います。
「気づき」が始まると、作者の言おうとしたことがたくさん探せるようになり、曲がより身近で楽しくなります。「ステキだ」と感じたことをそのまま表現すれば、より表情豊かで、聴いている人に伝わる演奏になると思います。
エピソード1
「ここ、素敵だと思わない?」
「わかんない」
「???・・・」
こんな会話がレッスン中にありました。
まだ習い始めのMちゃん。まだ幼くて音楽経験が少ない場合、本当に、何がステキなのかがわからないようです。花を見てきれいという感覚のように、きれいな音と乱暴な音は聞き分けられますが、微妙なニュアンスに対する感性はまだ育まれていないのでしょうか?(もちろん個人差が大きくありますが)
そんな時は「先生はここ、すごくステキと思うけどな?」と伝え、ステキと思っている時の弾き方と何も思っていない時の弾き方を示して、聞き比べてもらいます。すると、その違いは良くわかるようです。
そういう経験を経ながら、だんだんに作曲者のセンスを感じ取り、演奏に加えられるようになるのかもしれないと思います。
エピソード2
「ここ素敵だと思わない?」
同じ質問を高校生のMちゃんにしました。(もちろん上のMちゃんとは違う人です)
こういう質問をするときは、そう思っていないだろう演奏をしているからですが、
Mちゃんはなんと、強い口調で、
「私も、そう思っているんです!」
「???・・・・」
「それなら、そう表現しなさい!!!」(笑)
経験とともに、その曲のステキなところは当たり前のこととして重々わかっている。
でも、人に伝わらなければ、それはわかっていないのと同じです。