ピティナ調査・研究

大人のためのJAPAN6:平尾貴四男『ピアノ・ソナタ』(1940's-3「中間折衷派」)

ピアノ曲 MADE IN JAPAN
写真

友人とカラオケに行くと、必ず誰かが1曲は演歌を歌います。定番は石川さゆり「津軽海峡冬景色」でしょうか。切ない恋心を哀愁たっぷりのメロディーに乗せる快感...。実は今回の音源録音でも、同じような気分を味わいました。

胸がキューッとなるような

思い出すと今でも胸がキューッとなるようなそのメロディー...。
平尾貴四男作曲「ピアノ・ソナタ」より第1楽章です。

 

前回ご紹介した諸井三郎ピアノ・ソナタ」と同じく、この曲もしっかりとした構造を持っています。激しい第1主題(30秒~)と甘美な第2主題(2分37秒~)。続く展開部と再現部...。ですが、曲全体の雰囲気は随分違います。諸井作品が「硬派」だとしたら、この平尾作品は「軟派」といったところでしょうか。「哲学」や「信念」という言葉より、「感情」や「気持ち」といった言葉が、この曲には似合う気がします。

和風メロディー

その秘密は、メロディーに使われている音階にあります。音階といえば、クラシックでは大抵7音(ドレミファソラシ等)の音の階段を指しますが、日本やアジアの音楽では多くの場合5音(ドレミソラ等)のものを指します。諸井作品では、7音を複雑にした半音階が主題に用いられていたのに対し、平尾作品では5音音階が主題に使われていたのです。日本古来の音楽のみならず、演歌やJポップでもよく使われるこの5音音階。どこか懐かしい感じのするメロディーにはこの音階が使用されている場合が多いとも言えましょう。宇多田ヒカルさんの最近の曲でも使われていたんですよ!

洋風ハーモニー
写真

とはいえ演歌やJポップは、民謡や古典邦楽とは明らかに異なりますね。そこには、ハーモニーの有無という大きな違いがあると考えられます。古来より日本の音楽には、ハーモニー感はあまりありませんでした。それが明治以降、西洋音楽を受容するなかで、徐々に浸透するようになったと言えましょう。宇多田ヒカルさんの曲にはメロディーの上にコードネームが記されていましたが、和風のメロディーに洋風のハーモニーが付けられた分かりやすい例かもしれません。先の平尾貴四男も、和風と洋風のミックスに専心した作曲家の一人でした。

"中間折衷派"

平尾貴四男はフランス留学経験を持つ作曲家で、その音楽は「フランス近代の書法と日本情緒を湛えた主題とを繊細にすり合わせる音楽」などと評されています。同じ西洋音楽でも、機能和声法を重視するドイツ音楽と、柔軟な和声法をもつフランス音楽では随分雰囲気が違いますが、もともと和声感が薄い日本的音楽に西洋音楽の要素を取り入れるには、柔軟なフランス流がよりやりやすかったのかもしれません。平尾は、同じように和風と洋風の折衷を目指す高田三郎安部幸明らと「地人会」を結成し、1949年から55年にかけて5回の演奏会を行いました。

 

3回に分けてご紹介してきた1940'S。第1回「民族日本派」第2回「エリート西欧派」、そして今回の「中間折衷派」。各々が、その後どのように変貌していくのか...。次回からは、武満徹、黛敏郎といったより身近な作曲家が登場してくる1950'Sについて、ご紹介していきたいと思います!