ピティナ調査・研究

ベルガマスク組曲:第3曲 月の光

ドビュッシー探求
ベルガマスク組曲:第3曲 月の光
4m39s/YouTube

 ドビュッシーの作品の中で最も有名な曲の1つです。月の光を題材にした作品は、ピアノ曲に限れば、この作品を始めとして1907年出版の映像2集第2曲「廃寺にかかる月」、1913年出版の前奏曲集第2巻第7曲「月光のふりそそぐ謁見のテラス」などがありますが、これらはいずれもピアノ音楽史上で燦然と輝く傑作です。また、ドビュッシーには、1905年出版の映像第1集第1曲「水に映る影」や交響詩「海」など、光と色彩の変化を題材とした作品がたくさんあります。この作品は彼がそういった作風で書いた最初の作品だと思います。

 この作品では息の長いメロディーが多用されていますが、後年の作品になるに従って、「光」や「色彩」といったものを表現するために、メロディーは断片的になり、「響き」の要素が増してきます。そして、最後には、1917年出版の練習曲集第3曲「4度のために」第10曲「対比音のために」などのように、「光」や「色彩」といった具体的な対象ですら抽象化されて意味をなさなくなり、「響き」自体が「象徴」として存在することになります。その点から、この作品はロマン派的な要素を多分に持ちつつ、後年の変化への萌芽が見受けられるものとしてとらえることができると思います。また、ヴェルレーヌの同名の詩をイメージの源泉としていることは明らかです。その一節のイメージは、月明かりの中で素敵な仮面をつけた人々が古風な踊りを静かに、楽しそうに踊っているが、華奢ではかなく物悲しいといったものです。

演奏上の問題について

 この作品はとても有名ですが、ベルガマスク組曲の中では演奏が易しいこともその理由の1つだと思います。そうは言っても、趣味性などは決して易しくありません。また、初期の作品「夢」などに象徴される世界が最も美しい形で表現されている傑作だと思います。

 8小節までは和音が揺れ動き、明白なカデンツはありません。従って、8~9小節のカデンツはある程度はっきりと表現するべきだと思います。拍子感がさりげなくわかるためにも、少なくとも14小節までは極端なテンポルバートは避けるべきだと思います。2小節は借用和音の響きなので、より曇った響きになります。5小節では解決が延引され、また、7小節でも解決が延引されていますから、そのニュアンスをさりげなく表現しながら揺れ動くように下降して9小節に収束するようにしたいところです。決してやってはいけないと僕が心がけるのは、10小節の1~2拍目跳躍の間をあけないということです。メロディーにおける音程の跳躍とこのケースは明らかに異なるので、バスの5度の響きの上に他の和音を乗せる感じで演奏します。また、バスのラインも大切です。

 15小節からは24小節までの深いバスの響きを途切れさせないようにするべきです。その上に細い質感、高めの音程でソプラノ、テノールを乗せ、立体的に響くようにしたいところです。僕はあまりここをドラマティックに弾くことを好みません。それは、初期のワーグナー等の後期ロマン派からの影響から脱皮したドビュッシーが、そういった大袈裟な表現を非常に嫌ったからです。25小節は、せいぜいメゾフォルテ程度で、少なくとも41小節のクライマックスよりはおさえた表現にするべきだと思います。

 27小節からの部分はそれまで一度も用いられていない16分音符が、ほぼ常に上行音型で伴奏に用いられています。アルベルティ和音と異なり、この音型は普通に弾いてもクレッシェンドを想起させ、Un poco mossoが表現されます。また、この音型の場合、バスの付点四分音符のラインが弱くなりがちですからしっかり響かせるべきだと思います。右手のフレーズは1小節単位でわけられていますが、そう演奏すると停滞するので、4小節単位で大きくとった方が良いと思います。バスは、des →f→asを2回繰り返した後、29小節の最初のdes、30小節の最初のesを経由して31小節の最初のasに収束するようにしたいところです。

 27小節からほぼ単調増加で41小節まで向かう意識が大切です。また、subito Pや細かい強弱の指示など、音型以外にもクライマックスへ向かう効果をあげられるものがあります。和声的には借用のIIIやI、またV→IV→III→IIの進行など、光の揺らぎや柔らかさを想起させる表現を巧みに用いたり、クライマックスで本来ドミナントやトニックを使うところにIIの和音を使うなど、決して激高しないように工夫されています。また、36小節では異名同音的転調でホ長調というシャープ系の調に転調することで、それまでのフラット系の曇った響きから明るい響きになることで音量に頼らなくても自然に盛り上がるように配慮されています。それを理解し、ニュアンスを少しずつ変えて全体の幅を大きくしないような配慮が必要だと思います。27~41小節ではcresc.やpiu cresc.などがありますが、頂点はフォルテなので、これらはニュアンスの変化としてとらえる標語であって、絶対的な音量の変化としてだけとらえるものではないと考えるべきです。

 43小節では、結局ホ長調のドミナントに向かわず異名同音的転調でまた変ニ長調に転調します。15小節かけてフォルテまでもっていくのに、たった1小節でピアニシモに落とすという意味で、42小節のdim.の表現は難しいところです。42小節の最初はまだフォルテであることも大切です。表現のコツは上声部の3度の下降音型をdim.にするのは当然ですが、ポイントは左手にあります。バスの7~9拍の3回連打されるfisにdim.をかけると効果的です。また、このfisはすでにgesのニュアンスがあり、43小節のバスのasに向かいます。43小節からはまだ速いテンポのままで51小節に向かって徐々にニュアンスを細くしていきます。音域に注目すると、43小節から徐々に音域が上がっていきますから、これを利用して深めの響きから細めの響きに徐々に変えていくと良いと思います。また、45小節の左など、細かい揺らぎを表現することもあって良いでしょう。43,44小節はソプラノのメロディーと中声部のラインの2声のかけあいがバスのv音のオルゲルプンクトの上に表現されています。これは47,48小節ではソプラノとバスに現れます。まったく同じニュアンスと響きのバランスで演奏するべきです。49、50小節は和声が変化するラインをさりげなく響かせます。具体的には、3,6,9拍目ウラのb→c→b→a→ces→aです。

 本来は再現部の51小節は変ニ長調のトニックになるはずですが、ここでドビュッシーは解決を遅延して一瞬VI調にいき、53小節で、書いてはありませんが、「遠くの方で」トニックに解決します。43小節から延々と解決しないで貯めてきたエネルギーがここのトニックに収束します。そういう意味では最も意味の強い部分であることから、ドビュッシーは曲中で唯一ここにPPPを用いています。弱いというよりも音楽の集中力を表現するところだと思います。また、ニュアンスとしてはsubito PPPだと考えて良いでしょう。このあとは揺れながら徐々に落ちていき、59小節からの回想部分に収束します。66小節からのコーダは、IIIと借用のIIIでトニックとの揺らぎを表現します。また、ここはヘミオラになっているのでそれも含めてうまく表現します。例えば66小節ならトニックのdesとIIIのcの揺らぎなどを響きで意識するとより美しく表現できます。バスの響きとラインを大切に表現したいところです。
 特にこの作品は、楽譜にかかれたものをその通りに演奏すればそのまま美しい音楽になります。過度な表現をせず、細かい変化と大きな流れに注意して演奏すると良いでしょう。