レントより遅く
1910年の作。ドビュッシーは、それほど上品ではない普通のカフェで当時流れていたあまり上品ではないワルツを題材にして、それを皮肉タップリに、しかし、極めて上品な形で作曲しました。カフェでは、あだっぽい女性があふれ、ロートレックの絵画やポスターにイメージされるような世界が展開されていたようです。ドビュッシーは、たとえば、出だしで、ges-mollのI9の和音ともとれるし、伴奏はges-moll、メロディーはDes-durという複調ともとれる、微妙な節回しを使い、mollとdurの世界を揺れ動くことでそういった大人の複雑な世界を表現しています。また、歌いまわしにしても、曲中の至る所でテンポや強弱の変化に関する指示があるのですが、これを忠実に守ることで、あだっぽさと上品さのぎりぎりの両立に成功しています。
演奏上困難なところは、まず、メロディーを趣味良く歌いながら、中声部の作る和声の変化、骨格となるバスの進行をすべてバランスよく表現することです。さらに、これに加えてワルツのリズムを、決して単調にならないように微妙なリズム変化で表現しなければいけません。例えば、最初の数小節は、右手はメロディーを綺麗に歌いながら、和音を作る、特に重変ロの音の響きをバスの変ト音とバランスさせて響かせることが難しいですね。7小節でその重変ロ音が変ロ音に動くことで、この曲がGes-durであることが認識されるので、この部分の表現も難しいところです。また、22~26小節の楽節は同じ形で4回出てきますが、すべて歌い方がが異なるように指示があります。ドイツ音楽の場合、同じ動機は同じように表現して一貫性を持たせますが、それとは全く異なり、毎回違う形で再現しなければいけません。
計算され尽くした即興性という矛盾をどう表現するかというところが面白いところでしょう。