ピティナ調査・研究

燃える炭火に照らされた夕べ

ドビュッシー探求
燃える炭火に照らされた夕べ
2m30s/YouTube

1曲目を何にするか、結構悩みました。時代順に並べるのも1案ですが、やはり、自分の興味に応じて連載し、ある程度まとまったところでまた全体像についてお話しさせていただこうと思います。 そこで、第1曲目は、何と、ドビュッシーの、最後に書かれた作品にしました。この作品は、癌に冒され、死期が迫り、しかも第1次大戦まっただ中の1917年の2月から3月にかけて作曲されました。この頃、フランスでも物資が不足していて、暖炉に必要な石炭を手に入れることすらままなりませんでした。また、この作品を書いているときも、ドビュッシーは癌の病苦が激しいため、ほとんど創作活動ができなかったのです。そういった中で石炭を世話してくれた商人に頼まれてこの作品を書くことになったそうです。私はこの作品の自筆譜のファクシミリを持っていませんが、ドビュッシーの自筆譜は線が細く、繊細で淡い感じで書かれ、その筆跡がすでに音楽と一体化して、一種の絵画的なものになっています。この作品の自筆譜は2001年にアメリカで発見されたばかりで、出版もDurand社から2003年に出たばかりなので、私は音源を聴いたことがありません。もともと、私は音源を聴かないので、もしかすると発売されているかもしれません。 曲は変イ長調の23小節からなる小品です。4小節のイントロ、4小節のカデンツァ的な楽句に続き、4小節の主部、そして4小節の展開があり、また最初のカデンツァ的な楽句が、途中からリズムモチーフの縮節が起こり、最後は変イ長調の主和音で終わります。3段譜で書かれ、最初から最後まで途切れることなく、バスに変イ音が鳴り続けますが(オルゲルプンクト)、問題なのは、その上2段譜で書かれた和音が様々に変化したとき、ペダルを踏み替えることでこの変イ音が消えてしまうことがあることです。これについての解決方法は、ドビュッシーのピアノ作品を演奏する上ですべて共通するものなので、ここで取り上げておきましょう。

解決方法1:ソステヌートペダルを使う
解決方法2:バスの音をよく響かせ、その響きに乗せる感じで中、上声部の和音を弾き、完全に踏み替えないペダルを注意深く用いて響きを残しながら和音の変化も表現する
解決方法3:バスの音を指で押さえながら、他の声部の音を他の指で弾く

解決方法1を使う場合、他の音を残さないために、最初に音を鳴らさずに変イ音のキーを押してからソステヌートペダルを踏み、その後、ずっとソステヌートペダルを踏みっぱなしで演奏すれば、この作品の場合、物理的には完璧に弾けます。しかし、左足を使ってしまっているので、ソフトペダルは使えません。従って、そういうニュアンスが欲しいところ、例えば冒頭部分などでは困ります。

解決方法2:これが一番ドビュッシーに必要な技術で、これをしっかりと使えれば美しくドビュッシーのピアノ曲が表現できます。しかし、4小節、17小節の終わりから20小節についてはどうしても濁りが多くなり、非常に困難です。ただし、4小節に関しては、2小節3拍目から4小節目まである松葉記号を忠実に守り、4小節目の最初でsub PPにするとバスの変イ音が残って微妙な響きが得られ、問題は解決します。こういう表現の際、和声についての知識や感受性は非常に大切です。

解決方法3:これができるのならいいのですが、そうすると手がもう一つ必要になります。しかし、解決方法2の困難な場所のうち、17小節の終わりから20小節については、上2段をすべて右手で演奏すれば可能です。もちろん、柔らかいニュアンスの中で和音の跳躍を伴うので決して易しくありません。

という様々な技術の選択をして演奏するのですが、しかし、結果は題名の通りのニュアンスをイメージさせる繊細で美しく、物静かな音楽です。