ピティナ調査・研究

総説その10:音源についての説明(まとめにかえて)

生誕二百年を迎える音楽家群像
総説その10:音源についての説明(まとめにかえて)

「リスベルク」「(オーギュスト)ヴォルフ」「キール」「ヴィルマース」「ヴォーコルベール」「ブリッソン」「シャッハナー」による作品の数々は、ショパン、リスト、タールベルク、クララ・シューマン、ジョゼフィーヌ・マルタン、アルフレッド・ヤエルら、当代きっての名手たちとの接点を介しつつ、彼らと共有していた時代の空気を未見の視座から鮮やかに伝えるものとなろう。

各ディスクは、50~60分程度を容量枠として、3曲以上を収めた。選曲にあたっては、生涯全般から拾った人、初期に絞った人など色々だが、いずれも作曲者の本質をなるべく多彩にとらえられるよう、また一枚のディスクを一篇の作品として通して聴き易いよう、性格や調整の並びに配慮した。

ヴォーコルベールについては、ピアノ曲が少ない上に予定した楽譜が揃わなかったことで、ヴァイオリン・ソナタ(第3番)を含める案が浮上した。それなら他の作曲家のヴァイオリン作品も、と4人の作曲家から「ピアノとヴァイオリンのための」力作を組み込んだ。ヴァイオリンはOEK(オーケストラ・アンサンブル金沢)の坂本久仁雄氏に引き受けて頂いた。氏とは20年以上にわたり、多くの初演曲・発掘曲を共演してきた。

今回のデュオ作品が、いずれもフランクやブラームスのヴァイオリン・ソナタが書かれる以前の作であることを考えれば、その価値が窺えよう。3曲のソナタは、ポスト・ベートーヴェン世代の名作として知られて然るべきだろう。

ソナタ以外にも、それぞれ複数のオペラ・パラフレーズ、ヴァリエーション、ワルツ、バルカロール、セレナード、タランテラやエキゾティズムによる作品等を揃え、各キャラクターの比較・識別に工夫を凝らした。
以下は各作曲家の収録曲の楽譜の総ページ数である。音数が多い程、スピードが速くなることを意味するが故に、リピートの多寡はあるにせよ、ページ数の多い人は演奏の名技性を極める外攻型、少ない人は思索的な表現性にウェイトを置く内省型であることを端的に示すデータとなっている。それぞれの創作が両極のどこに位置しているかを判断する上で有効である(ヴァイオリンのパート譜を除く)。

リスベルク 82 P
ヴォルフ 67 P
*)キール  81 P
*)ヴィルマース 117 P
*)ヴォーコルベール 55 P
*)ブリッソン 87 P
シャッハナー 80 P
*)ヴァイオリン曲を含む

1821年――文政四年辛巳歳八白土星。この年が持つローカル色とはどんなものか。先入観を避けるため、ここでは述べないでおく。

7人に共通する資質と、それぞれの個性の多彩さ、創作史のプロセス、そして作曲家自身も知らなかったであろう、七つの色が調和する様を見て頂きたい。

ディスクは誕生日順に並べてあるが、できれば日に一枚ずつ、一週間かけて聴くのが望ましいように思う。つまり、これらは時代が生んだ「1821年」という連作なのである。

なお、1821年生れの優れた作曲家は彼ら以外にも存在する。同じような情況は毎年続いており、埋没した音楽遺産の量は凄まじい。

この広大な領域に分け入るには、演奏家を含めた音楽ファンが〝歴史ファン〟になっていく必要がある。それにはまず、自らを歴史の拠点として位置づけることだ。このことは、新たな天地を開く鍵となるだろう。

令和二年 初夏 2020.5.3-6
(2020.9.22-24 / 10.9-12 / 11.10,16,22,25 / 12.2 加筆・改訂)
金澤 攝 拝


※編集部より・・・筆者による作品解説等を同時に公開しています。
以下のピアノ曲事典の各ページもぜひ、併せてご覧ください。

ヴィルマース :2つのコンサート・エチュード Op.28
ヴォーコルベール :新信徒 ギュスターヴ・ドレの絵画への音楽――瞑想曲