総説その4:1820年代の特色
では、後半の'20年代はどうか。
そもそもが著名作曲家の少ない〝日陰の世代〟で、セザール・フランク、スメタナ、ブルックナー、それにヨハン・シュトラウス二世らが代表格となっている。通常のピアノ・レパートリーではフランクの晩年作を除いて、ブラームスまで素通りするところだ。
だが、これまでの調査では1810年代のピアノ関連の作曲家は約120名、'20年代に至っては220名を超える作曲家が既に確認できている。このうち、楽譜に接した人数は未だ半数に満たないが、私がこの世代によって書かれた、曲集単位で約700点を弾いてみた限りにおいて、1820年代世代はピアノ音楽史上、最大の暗黒大陸となっている。量だけでなく、質も凄いのである。この世代だけで、ピアニストが一生に対応できる限界量を遥かに凌ぐだろう。
果敢なパイオニア気質、キャッチーで華やかなアピール性に冨む'10年代に対し、'20年代の渋く保守的なキャラクターは対照的で、まさに陽と陰、表と裏の関係にある。これが世代が示すところの〝呼吸〟であり、フランクの内省や質実さは、一個人のものではないのである。
やや暗く蔭った風情、もしくは鄙びた、色褪せた色調がこの世代の特徴であることが了解されれば、シュトラウスのワルツが本来どういうものか、見え方も変ってくる。
'10年代が切り開いた領域を'20年代が地固めした、と考えるのが分り易い。フォルム感を重視し、古典的な様式・技法を多用して、地味ながらより円熟した奥行きのある表現世界を整備していったのである。その中には国民楽派への先駆や、新古典主義の萌芽を見ることができる。
この世代の音楽を、一般に「ロマン派」と称しているが、これは事実と異なる。ベルリオーズ、リスト、ヴァーグナーらに象徴されるロマン主義は、当時あくまで少数の先進派であり、インパクトや後代への影響力は大きかったにしても、音楽家の大部分は古典主義を信奉した人たちであった。他ならぬショパン自身がロマン派扱いされることを嫌がるだろう。「ああいう人たちと一緒にしないで下さい」と言うのは目に見えている。
そうした「一派」を「時代」と取り違えてしまったことで、時代全体がロマン主義に染まっていたかのように考え、主流に位置していた人々を〝ロマン派らしからぬ時代遅れ〟とみて、歴史からごっそり抜け落とす結果を招いたのが、従来の音楽史観である。
ブラームスは辛うじて「ロマン派」とされているが、ライネッケやサン=サーンスの如き、音楽史上屈指の巨星が軽く見られているのは、ひとえに歴史認識の誤解に由来する。時代全体を十分検証し得なかったことが原因とはいえ、結果的に名前の残った音楽家をただ並べただけでは、歴史と称することはできない。こうした状況を生んだ経緯こそ、歴史というべきだが。