Vol.13 福原和人さん(経営者)
資生堂創業家5代目の福原和人さんは、代表取締役社長を務める株式会社アスムの一事業として、2024年11月に東京・広尾にサロンホール「La Salle F」を設立。経営者・科学者でありながらピアノやヴァイオリンも弾かれる福原さんは、「今までやってきたことの点と点がつながった気がする」と語ります。サロンに託した「心の豊かさを満たせる場所づくり」への想いを伺いました。
現在のお仕事について教えてください
私が代表を務める株式会社アスムは、福原グループという、もともと資生堂創業家が作ったグループ企業のひとつです。建物や施設管理を主な業務として2002年に設立されました。私は福原家としては五世代目で、最初は資生堂の研究員として就職し、フランス駐在を経て5年前にアスムに入社、2024年4月から社長に就任いたしました。
本日お越しいただいたこの「La Salle F」は、このグループ企業が入る広尾のビル内に2024年11月にできたばかりのサロンホールで、その代表も務めております。
福原さんご自身もピアノをお弾きになるのですよね
小学校に入った頃、ピアノの先生を家にお呼びする形で友人2人と一緒に習い始めました。そのうち、もう少し本格的にピアノがやりたいということで、知人に紹介いただいて、ピティナの理事でもあった林苑子先生のもとへ通うことになりました。小学4年生から中学3年生くらいまで林先生に師事していました。
発表会をやると周りのレベルが高いことが分かり、幼いながらもすごい人たちが弾いているなというのを感じていました。今更ながらに本格的なご指導だったと思います。私は当時、ピアノだけというよりは、色々なことを同時にやっていたタイプでした。勉強も部活も他の習い事もやっていた中でのピアノだったので、時になかなか練習ができていなかった時は、一瞬で林先生に見透かされてしまっていたのを覚えています。
クラシック好きは、どなたかの影響でしょうか
科学者だった祖父がクラシック愛好家で、実は指揮者になりたかったのだと話していました。母屋の応接間ではいつもクラシックが流れていて、そこで祖父と過ごす時間が多かった私は、そんな祖父の話を聞いてカッコいいと思い、自分も一時期は指揮者になりたいと思っていました。色々な楽器をやっていたら指揮者への道にもつながるのかなと思って、小学4年から6年生まではオーケストラでチェロを、その後、主旋律がやりたくてヴァイオリンもやりました。ピアノで基本があったので、どの楽器もさわりはわりとできていたと思います。結局指揮者にはなれなかったけれど、クラシックは変わらず好きですし、科学者になる夢も達成できたので、祖父の精神を少しは受け継ぐことができたのではと思っています。
ピアノを習っていた時にはどのような曲を好んで弾いていらっしゃいましたか?
中学でやめる前、最後の方はショパンの「幻想即興曲」やベートーヴェンの三大ソナタなどを弾いていたと思います。林先生に勧めていただいた曲を弾くことが多かったのですが、ショパンよりもベートーヴェンの方が向いているわね、と言われたような記憶があります。
高校以降は、ピアノを弾く機会はありましたか?
高校以降は体育会系に行ってしまってピアノは弾いていなかったのですが、高校卒業の謝恩会で、誰かが私がピアノを弾くことを知っていて、演奏することになりました。3年間のブランクがあったのですが意外と弾けたので、素直に「よかった」と思いました。今もある程度の曲であれば弾けるかなという感覚があるのは、林先生にそこまで鍛えていただいたおかげだと思っています。
27歳の頃にフランスに駐在した時、日本にいた時よりも時間ができたので、ピアノを借りて少しずつ弾き始めました。YouTubeで聴いていいなと思った楽譜を買って弾いてみたり。ある時、ラフマニノフの曲をちょっと練習していたら、マンションの上の階のご婦人が「素敵なラフマニノフね」と声をかけてきてくれたのです。大して弾けているわけでもなく、漏れ聞こえてくるだけだったはずですが、ピアノの音が心をつなぎ、新しい出会いを作ってくれたとても印象的な出来事でした。それがきっかけで交流が始まり、そのご夫妻とは帰国後の今も連絡を取り合っています。
ピアノが引き合わせてくれた素敵なご縁ですね。帰国後はどのようにピアノと接していらっしゃいますか?
フランスで子どもが生まれ、帰国してからやはり音楽をさせたいという想いが強くなりました。最初、娘にヴァイオリンをやらせて、一緒にやるのがよいと思って私もヴァイオリンをもう一度始めました。そろそろピアノをやらせたいと、グランド電子ピアノを買いました。それもわりと音はよかったし、色々な音も出せて楽しかったのですが、次に息子も生まれて、ある時考え直したんです。この子たちがこれからちゃんと音を聴いて育っていくには、いいピアノがあるべきではないかと。
そこで中古のベヒシュタインのグランドピアノを買ったところ、2人とも「これは音が違うね!楽しいね!」と言ったのです。子どもってこういう音の違いを素直に感じ取れるんだなぁと感動していたら、そこから2人の音感が一気によくなっていって。よく、「いい音が大切だ」と言いますが、これほど実体験で思い知ったことはなかったですね。これは我ながら、子どもたちのためにすごくいいことをしたなと思いました。
結局、子どもたち2人にヴァイオリンとピアノを両方やらせてみたのですが、おもしろいように、上の子がヴァイオリン、下の子がピアノ、と興味が分かれました。お互いに比べられないのでいいみたいです。幼稚園児の息子がピアノを多い時で1日2時間くらいがんばってやっていて、今は自分のことよりも子どもの音楽教育に関心が向いています。自分はヴァイオリンを引き続き習っていますが、ピアノは時折ピアノがある所でちょっと弾いてよと言われて弾いたり、SNSに上げたりしています。
音楽をやられていたことが、人生に影響を与えたと思うことはありますか?
クラシックを応援しようという人は、自分と同世代よりもう少し年代が高い方が多いので、早い段階でその層に飛び込めたのはすごく嬉しかったことだし、自分のアイデンティティの一つにもなっています。
福原グループではヴァイオリンの貸与プログラムをやっていますが、若いアーティストの卵の道ができていくのを応援できるのは非常に意義があると思っています。本筋の事業でやらなければいけないことはたくさんありますが、一方で自分自身がどうしたいか、何のためにやるのか、ということは最近とても意識するようになりました。
ヴァイオリン貸与やサロンホールの事業は、決してこの事業だけで食べていくという類のものではありません。でも、「この事業をやるために、他の事業をちゃんとがんばらなきゃ」と思えるモチベーションになっています。そう考えるようになってきたことが、自分の中で最近変化した大きなポイントです。自分でサロン事業を持つことになって、今までやってきたことが、ここに来て点と点でつながり、しっくり来た感じがします。
そこでサロン事業とつながるわけですね。エレベーターから降りた瞬間から上質感を感じられるサロンになっていますが、設立にあたっての想いをお聞かせいただけますか
このサロン「La Salle F」は広尾の地に2024年11月に完成して、2025年1月から一般予約を開始いたしました。最大90席の椅子を並べることができ、楽屋や舞台裏の設備も備えています。
1919年、芸術をこよなく愛する経営者だった福原家2代目の福原信三は、当時の芸術家や文化人たちとの交流の場として「資生堂ギャラリー」を設立し、銀座の街にサロン文化を形成しました。私たちがこの広尾に事務所を構えるにあたって、創業者の没後100年という節目と重なり、何か先人へのリスペクトを感じられる活動をしたいと思っていました。
最初は物を何も置かない多目的ホールみたいな場所を考えていたのですが、私の経験上、目的が明確でない場所で、継続的に人を集めるのは難しいのではないかと思ったのです。その時、私が趣味でやっているゴルフが頭をよぎりました。ゴルフ場っていつも人がいるんです。それはやはり皆がゴルフをしに来ているからで、そういう絶対的な魅力を持つコンテンツがある所に人が集まるのではないかと思ったのです。その場に、何か象徴的なものがあるべき。それが私たちにとってはピアノではないかと思い至り、サロンホールの構想に至りました。ホール内観には初代「資生堂ギャラリー」へのオマージュを込めたアーチ形の空間を再現しました。
ピアノは、ピアニストの山本貴志さんに選定をサポートしていただき、スタインウェイのD型を入れました。最初はフルコンのグランドピアノはオーバースペックかなと思ったのですが、やはり「ここにこれがあるから来たい」と思わせてくれる圧倒的な魅力を持っていますし、初期段階からこのピアノを置く価値はあると確信しました。
信三の遺した言葉に「ものごとはすべてリッチでなければならない」というのがあります。「リッチ」というのは、つまりは「心の豊かさ」ということ。「心の豊かさ」を満たせる、それが体現できる場所を作りたい、と構想中ずっと考えていました。それがこの「La Salle F」というサロンホールになったわけです。
なるほど。「心の豊かさ」を満たせる場づくり、素敵ですね。これからどのように運用されていきたいと思われていますか?
ホール後方にはモニターもあり色々な用途にご利用いただけるよう設計していますが、そこにピアノがかけ合わさることで、さらに拡がりが出てくると思っています。貸しホール事業としての側面も当然ありますが、これまで我々の会社を育てていただいた御恩に報いる、社会に還元できる仕組みを作っていきたいという社会貢献の意義もあります。既存の枠組みだけではなく、若い人たちが良い楽器にもっと触れるような機会を作ったり、1919年以来「資生堂ギャラリー」が担ってきたような、新しい芸術が生まれる瞬間に立ち会える場になるのもいいと思っています。
また、このサロンが広尾という地域とのコミュニケーションの場にもなれたらと願っています。ヴァイオリンもサロンも、資産として持っているだけでは意味がありません。ちゃんと使っていただける環境を整え、様々な文化・芸術が交差する場として機能させることが私たちの使命だと思っています。
(2024/12/16 La Salle Fにて)
ベートーヴェン:ピアノソナタ 第8番「悲愴」
1985年東京生まれ。学習院大学大学院にて理学修士(化学)を取得後、2009年株式会社資生堂入社。R&D部門と生産部門で化粧品開発とその仕組みづくり、他社との戦略的パートナーシップ構築に従事。2014年から3年間、製品開発マネージャーとしてフランスに駐在。2020年に資生堂を退社し、家業である福原グループに参画。2024年より株式会社アスム代表取締役社長に就任。現在は主に建物・施設管理やイベント事業を運営する他、新規事業開発や文化事業サポートに加えて次世代を見据えたグループ全体の企業風土づくりなどに取り組む。社外ではファミリービジネスネットワークジャパン理事、ジャパンビューティーメソッド協会理事などを務めながら、創業の地・銀座に関わる社会活動や日本の伝統芸能支援なども行っている。
La Salle F
この度、La Salle F様のご厚意により、ピティナ会員の皆さまに向けて、以下の特典をご提供いただけることとなりました。
特典内容 | 会場利用料15%割引
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適用期間 | 2025年内にご予約いただいた分(ご予約は12ヶ月先まで可能です) |
ご利用手順 | La Salle F公式ウェブページの予約フォームよりお申し込みください。 La Salle F公式ウェブページへ 予約フォーム内の「ご希望・ご要望」欄に、以下を記載してください: - 「ピティナ会員割引を希望」 - ピティナ会員ID
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文=二子千草
撮影=石田宗一郎