ピティナ調査・研究

Vol.4 藤野英人さん(投資家)

Enjoy! Piano ピアノで拡がる、豊かなミライ
Vol.4 藤野英人 さん
投資家。レオス・キャピタルワークス代表取締役会長兼社長

有名な投資信託「ひふみ」シリーズの最高投資責任者である藤野英人さんは、「Twitterピアノの会」を立ち上げ、自らコンクールにも出場するほどのピアノ好き。「ピアノは音楽界のごはん」だと言う藤野さんに、「投資」と「ピアノ」について語っていただきました。(聞き手:福田成康専務理事)

自分や人のためにどうお金を活用するか

藤野さんが代表を務めるレオス・キャピタルワークスはどのような会社ですか?

主に日本の成長企業に投資する「ひふみ投信」をはじめとする投資信託を運用しています。2003年にゼロからスタートしましたが、創立18年で「ひふみ」シリーズの純資産残高は1兆円を突破しました(2021年8月末)。毎月100億円のお金が動くという大きな規模感ですが、実はそれが一人一人の個人、北から南まで約100万人()のお客様によって構成されている、という所が特徴です。

日本の「投資」文化についてどう思われていますか?

日本人は、世界でも類を見ないほど「投資は悪だ」と考える人の多い国です。そのため、お金を預金やタンス貯金で寝かせておくだけの人が多く、お金があっても消費・投資をしないのでお金が回らなくて、世界との経済の格差がどんどん開いていってしまっています。さらに、主要国と比較して一人あたりの寄付の金額が低いことも、社会意識の低さ、ひいては国の低迷につながっていると思います。

もっと「自分や人のためにどうお金を活用するか」へ意識を変えたい、という情熱のもとに、少しでも気楽に前向きに投資ができるようになれば良いと考えてきました。

  • 2021年10月時点、当社推計
「自己投資」と「教育投資」が投資の二本柱

もっと「投資の文化」を根付かせたいということですね。

はい。「投資=株」というイメージがあると思いますが、私が大事に考える「投資」の二本柱は、「自己投資」と「教育投資」です。

日本人に特に足りないのは「自己投資」だと思っています。音楽や芸術を習うのも「自己投資」です。日本の音楽・芸術の消費水準は、先進国の中でも最低クラスです。大学進学率もアメリカなどよりずっと低いのです。

世界で戦える人材を育てるには、まずは「自己投資」をする文化を作ることです。本を読み、リベラルアーツに力を入れることが実はとても大切なのです。Google, AmazonなどのGAFAMは、哲学者を雇って経営陣から若い人までが「何のために仕事をするのか?」「買うとはどういうことか」「何が幸せか」など本質的なことを常に議論しています。今までやってきたことの効率化・低価格化だけを追求するのは、過去の延長でしかありません。お金や技術もあるだけではだめで、ちゃんと使わないと意味がありません。人や技術、設備などに「自己投資」することで、新しいこと、付加価値、違うやり方やビジネスを創造し、挑戦していくことでしか本当の成長はないし、おもしろいものは生まれてこない。

なるほど。新しい価値を生み出すための「自己投資」ですね。

そのためには、人生のベースに「遊び」の部分がないといけないと思っています。いかに楽しく生きるか、ということです。例えばプライベートで、スキーやテニス、ピアノやヴァイオリンを一生懸命やっているというように、仕事以外の趣味を楽しんで、その中で様々な人生の刺激を受け、生きることを考えるうちに、おもしろいアイディアも浮かんでくるのです。

哲学的なことを議論したり、趣味に時間を使っている人に対して、「そんなことをやっている暇があったら仕事をしなさい」という人がいますが、全く逆です。会社と家の往復だけで、狭い範囲での仕事をして、狭い範囲の人としか付き合っていない人からは、新しくおもしろいものは生まれてきません。もっとアクティブに人生を楽しむことが、実は仕事にとっても大事なのです。

そうですね。これからの世界ではもっとそうなっていきますね。

その通りです。私たちは若い人たちにもっともっと投資しないといけないと思っています。それが「教育投資」です。私たちが今こうして生きているのは、全て誰かが教えてくれたから、先生や仲間が自分に投資してくれたからにほかなりません。だからもっと、子供や社会に返していかないといけない。その力がないと、社会が停滞していくのです。スポーツ、芸術、大学教育や科学技術という分野にもっと投資しなければならないと思っています。

その次に、実際に挑戦したいという人や企業に対してお金を出すのが「株式投資」です。私は子どもの頃からピアノをやってきて、「ピアノをやる人を増やしたい」という気持ちが強くあるのですが、投資家としても、音楽のインフラを作ろうとしている会社にも投資しています。

小5で訪れた奇跡の瞬間

ピアノはいつ頃からされていたのですか?

4歳からピアノを始めました。母がスパルタでイヤイヤやっていたのですが、小学5年生の時に「奇跡の瞬間」が起きました。「明日レッスンなのに全然練習していない…」と思って、音楽の授業の後に音楽室に残って練習をしていたのです。そこへ忘れ物を取りに来た女の子が入ってきて「藤野くん、ピアノ弾けるの?」とびっくり。当時はピアノをやっている男の子は少なくて、からかわれるのが恥ずかしくて言っていませんでした。するとその子は他の女の子たちを10人ほど連れてきて、「エリーゼのために弾ける?」と言うので弾いてみせたら「きゃー!すごーい!」と大騒ぎ。ゼロだった私のヤル気ゲージもマックスにまで上がりました。中学で合唱伴奏をやればヒーローでした。「女の子にモテるかもしれない」とモチベーションの上がったピアノも、だんだんやっていくうちにショパンのワルツなど弾けるようになると、もうピアノがどんどんおもしろくなっていきました。

きっかけって大事ですね。今も先生について習われているのですか?

社会人1~8年目以外はずっと先生についてピアノを習っています。今は木米 真理恵先生に習っています。彼女がポーランドにいた頃に妻が出会って、ワルシャワまで行って教えてもらったこともあります。木米先生は教える天才だと思います。パッと聴いただけで、どうすればその人が変化するのかを、口と手と理論で具体的に説明できる素晴らしい先生です。今私は、アマチュアピアニストとして自宅でピアノを楽しむだけでなく、「Twitterピアノの会」で全国の人たちと弾き合いをしたり、毎年ショパンコンクールin Asiaを一つの目標として挑戦しています。

ピアノは音楽界の「ごはん」

「Twitterピアノの会」はどのようにして作られたのですか?

私は、自分がピアノを弾くだけじゃなくて、「ピアノを弾く人を増やしたい」という気持ちがすごくあるんですよね。ピアノって、音楽の中の基本的な要素がたくさん詰まっている素晴らしい楽器だと思うのです。一人でも完結できるし、伴奏もできる、譜面も読めるようになるし、指揮者になるのだってピアノが弾けなきゃいけない。ピアノは音楽界の中で言うと「ごはん」みたいなものだと思うんです。

そんなピアノを弾く人たちを増やしたい、という想いから、10年以上前に「Twitterピアノの会」略して「ツイピの会」を発足させました。Twitterで呼びかけて集まった仲間と、全国各地で弾き合い会をするんです。今はFacebookに活動の場を移してきたので、「ついついピアノを弾きたくなる会」の「ツイピの会」と呼んでいます。北海道から沖縄まで全国20か所くらいの拠点があります。日本の一つの財産は、ものすごくたくさんの、「ピアノを習った経験者」がいるということです。昔ピアノをやっていて、仕事や子育てが一段落したからちょっとピアノをやりたいな、でもきっかけがないな、という人たちを掘り起こしたい、というのが「ツイピの会」の目的です。

弾き合い会にはルールがあって、上手く弾いた人がエライのではなく、たとえ10小節しか弾けなくても、その人の音楽を愛する心を理解して熱く拍手し、弾いた人をハッピーにできる聴衆が一番カッコイイ本当の音楽愛好家だ、ということです。ピアニスト全員を輝かせる聴衆でいられれば、その場が温かい雰囲気になり、弾いた人はまたやりたい、と思います。「体験」がよければ、音楽が楽しいと思え、結果的に音楽性も上がると思うのです。そういう「体験の価値」を上げることが大切だと思っています。

一方で、ピアノコンクールを受け続けているのは、挑戦すること、目標がある方がメリハリが出ていいからです。締め切りって大事ですよね。弾く方も教える方も熱が入って、プラスαの力が出てくる。それに、経営者、社長という立場にいると、あまりあからさまに他人から評価されることが仕事上ではないじゃないですか。なので、他人の評価を受けること、いつまでも謙虚に挑戦し続けることがあるって、大事なことだと思うのです。

ピアノで学んだことは仕事にも「効く」し、人生にも「効く」

いいですね。そのように、ピアノをやっていたことで仕事や人生に役に立ったことは他にもありますか?

たくさんありますね。私の中で長くやってきた趣味はピアノと将棋なのですが、両方とも全然違う頭の使い方をしていて、それぞれ仕事の役に立っています。

ピアノって、言葉を使わずに相手に気持ちや考え方を伝えるでしょう。これって、どんな場面でもすごく大事なことですよね。いい演奏というのは、いい音なのだけではなく、いい間、呼吸、雰囲気だったり、そういうものまで含めた総合的な芸術です。ショパンコンクールで2位だった反田恭平さんが、ボディメイクや髪型、眼鏡にまでこだわったという話は、音楽に関係ないことじゃなくて、あれこそ音楽なんだと思うのです。どう音を楽しむか、音を通じてどう人と空間を作っていくのか、それが音楽なのだと思います。そういうことが理解できるようになってきたことです。

なるほど。仕事の上でもそういう総合的なことって、影響してきますよね。

もちろん、指先を動かすので、脳の繊細さ、記憶力、頭の回転を維持できるということもあると思います。ピアニストは認知症になる人が少ないとも言われています。結局、ピアノって一秒の中でやることがすごく多いんですよ。ちょっとどもってもミスタッチになるし、分からないからちょっと黙っている、みたいなこともできません。常に調整しながら弾いているのです。そういうことを小さい頃からやっているので頭もいい人が多い。それだけ繊細なことだから、テレビで何百万人という人の前で話すのも全然緊張しないけれど、ピアノは3人の前で弾いても手がブルブル震える。ピアノをやっている人は、そういう恐怖を何度も乗り越える経験をしているのです。

ピアノを長く続けてきたからこそ感じている良さはありますか?

ずっとピアノをやってきたことで、あらゆることに生かせているのは、「努力は裏切らない」ということと、「継続してやることの価値」を学んだことです。そして、継続して学んでいるうちに「学び方」が分かるようになったことです。先生が言うことをどう消化吸収して、調整して変化させていくのか。その中で自分の成長をどう感じられるのか。短い時間の中でどう練習すると、その成長速度が高められるのか。

そういったことは、結果的に仕事に生かせているのです。プラニングして新しいことに挑戦し、レッスンを受け練習をすると、ある所までは成長するのだけれど、あまり成長しない時期もある。それでも信じてがんばってやり続けることができるのは、そういうことをピアノで学んできたから。ピアノで学んだことの多くは人生に「効く」し、仕事にも「効く」、素晴らしいことだと思っています。だからできる限り多くの人に体験して欲しいと思っています。

そう言っていただけて嬉しいです。貴重なお話をどうもありがとうございました。

(2021/12/8 逗子のご自宅にて)

ピアノ弾きの投資家の手

逗子のご自宅のピアノは、内装の雰囲気に合わせたアンティーク調のスタインウェイ。リモートワークで隙間時間に弾くことができるようになりました。

お気に入りの一曲「ショパン:マズルカ」
マズルカは、短い中に田舎臭さと都会的なものが意図的に組み合わされている所が魅力的。2021年のショパンコンクールでは小林愛実さんの「ピアノ協奏曲第1番」が印象的でした。
◆ プロフィール

野村投資顧問(現:野村アセットマネジメント)、ジャーディン・フレミング(現:JPモルガン・アセット・マネジメント)、ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントを経て、2003年レオス・キャピタルワークス創業。中小型・成長株の運用経験が長く、ファンドマネージャーとして豊富なキャリアを持つ。「ひふみ投信」シリーズファンドマネージャー。 投資啓発活動にも注力する。JPXアカデミーフェロー、東京理科大学上席特任教授、早稲田大学政治経済学部非常勤講師、叡啓大学客員教授。一般社団法人投資信託協会理事。ウェブサイト

聞き手=福田成康(当協会専務理事)
文=二子千草
撮影=石田宗一郎
協力=レオス・キャピタルワークス株式会社