ピティナ調査・研究

Vol.3 手塚貴晴さん(建築家)

Enjoy! Piano ピアノで拡がる、豊かなミライ
Vol.3 手塚貴晴 さん
建築家。手塚建築研究所共同主宰。

OECD(世界経済協力機構)とUNESCOにより世界で最も優れた学校に選ばれた「ふじようちえん」を始めとして、子どもの為の空間設計を多く手がける建築家、手塚貴晴さん。「ピアノがない人生は考えられない」と言うほど、ピアノが人生の一部となっているという手塚さんに、ピアノとの関わりについてお話を伺いました。

子どもたちの遊び場に「日常的なピアノ」を

東京・立川に2020年にオープンした子どものための美術館と屋内遊び場PLAY! MUSEUMとPLAY! PARKですが、プレイエリアに大きなグランドピアノが置いてあるのが印象的です。どうしてここにピアノを置こうと思われたのですか?

PLAY! PARKには遊び場の中にピアノが置いてある

ここに子どものための施設を作ることになってから、私はずっとピアノを入れたいと思っていたところ、縁あってグランドピアノ(ヤマハ S400E 1993年製)を入れてもらうことができました。

PLAY! MUSEUMやPARKは、きれいな絵はあるけれど触っちゃだめで静かに見る美術館や、遊び方が決まっている遊び場とは違って、子どもが自分でやりたいことを決めて、好きなことをやる所なのです。むしろ、トイレットペーパーを思いっきり投げたり、他では「やっちゃいけないこと」と言われるようなことを、思いっきり楽しんでもらいたいと思っています。

PARKには期間ごとに趣向を凝らした大型遊具も出現

ピアノもそういうのがいいな、と思いました。舞台に上がって「さあ、弾きなさい」と人に言われて弾くのではなく、そこにピアノがあるから、ふらっと来て弾く、そんなピアノにしたかったのです。色々な所にピアノがあったり、ストリートピアノも増えてきたけれど、なかなか好きな時に勝手に触っていいピアノはないじゃないですか。もっと「日常的なピアノ」があってもいいと思うんです。誰が触ってもいい、自由にやりたいように弾ける、そういう場でありたいと思っています。

子どもと遊びに来たお母さんが、昔やっていたピアノを思い出して弾いてみると、子どもも弾きたがる、というような光景をよく見ます。ここで初めてピアノを触って、好きそうだということでピアノを習い始めた、という話も聞きます。

ピアノの周りで自由に音楽を楽しむ子どもたち

PLAY! PARKの中で、音楽のイベントもたくさんやっていらっしゃいますね。(PLAY! LIVE

このピアノをスタッフが弾く傍で、色々な打楽器や手作りの楽器を置いておいて、自由に遊んでもらうこともしています。また、ステージを設けるのではなくて、子どもたちが遊んでいる中に、突発的にブレーメンの音楽隊のように練り歩きながら入ってくるとか、空気を入れたコカ・コーラの1.5Lのボトルを転がしておくと、「いい音がする!」と気づいた子どもが食いついてきてアーティストと一緒に演奏し始める「コカフォン」(企画発案:高良真剣)とか、PLAY! でやる音楽は、フォーマルじゃない、自由な音楽なんです。教え込まれるのじゃなくて、自分がやりたくなるような音楽、そういうのをスタッフとともに常に考えています。

空いたコーラのペットボトルが楽器に!

「大きなお皿」と呼ばれる柔らかい円形のエリアには、紙やプチプチなど身近な素材を使った大型遊具を設置していますが、ここで東京フィルのオーケストラの団員に演奏してもらったりもしています。その時も、子どもたちも親も、「お皿」の縁をすべったり走ったりごろごろ寝転んだりと自由なことをしながら、ずっと聴いているんです。これって、すごく大事なことだと思うのです。子どもって、自分で選んで寄ってくる。これが本来の音楽の世界だと思います。子どもは自分が欲しいものを知っています。全然水がいらない植物にいくら水をあげてもあふれるだけだけど、必要な時にはちゃんと吸収するのと同じで、子どもが欲する時に与えてあげると吸収力が違います。だから、子どもがどうやったら自分で音楽の良さを捕まえられるだろうかと、常に考えています。

自由な格好で音楽を楽しむ

こういう考え方には、私の人生でのピアノとの付き合い方が反映されていると思います。

人生のあちこちからピアノがやってきて、人生の一部に

手塚さんとピアノとの関わりは、どのようなものでしたか?

きっかけは何だったのか覚えていないのですが、4歳の頃、何かを見て感動して「ピアノを弾きたい!」と言い出したのを覚えています。それでアップライトピアノを買ってもらってピアノを習いに行きました。ピアノの先生がとても優しくて、ピアノが好きになりました。小学校になると、ピアノの先生の所ではブルグミュラーを習っていたけれど、自分で勝手にショパンのノクターンなどを弾いていました。

当時、男の子がピアノを弾くというのは、あまり大っぴらにやりにくかったのですが、ピアノをやっているものだから、音を聴けばだいたいの曲は楽譜を見なくても歌ったり他の楽器で演奏できるのですごいということになり、小学4年生の頃、学校の音楽の先生が私の母に「音楽をやらせたい」と言いに来たことがありました。すると母は、男の子なのに音楽をやらせるなんて、と怒ってしまい、そのあおりを受けてピアノのレッスンもやめることになってしまいました。

中学の時、久しぶりにもう一度弾いてみようと思って弾いてみたところ、まだ結構弾けることがわかり、時々自己流で弾くようになりました。その後、アメリカのペンシルバニア大学へ留学した時、下宿先の大家さんがフィラデルフィアオーケストラの関係者で、家にはグランドピアノが2つもあり自由に弾いていいと言われ、嬉しくなってずっと弾いていました。ロンドンで勤めていた時もピアノをレンタルしていたりと、私の周りには、つかず離れず、常にピアノがありました。

ピアノのレッスンに復活したのは、息子がピアノを習い始めた時。「今うちにある古いアップライトピアノじゃだめだ」と思って、グランドピアノを買いました。グランドを買った途端、急にピアノが弾きたくなって、息子や娘と一緒にピアノを習いに行きました。50歳前のおじさんでしたが、結局自分が一番熱心にやったと思います。仕事で各地を訪れる時も、駅や空港などでストリートピアノを見つけて弾くのも大好きです。一時期、田園調布の方でストリートピアノを設置する委員をやったこともあります。

大人になって、さらにピアノの魅力に取りつかれたのですね。

閉館後に遊具の展示替え作業中

自分が弾く環境ができただけでなく、幸運なことにも、素晴らしいピアノ演奏を至近距離で聴く機会に何度も恵まれたことも、私のピアノ人生に影響を与えていると思います。いとこの子どもが、モスクワ音楽院を出た副島響子さんというピアニストなのですが、とても近距離で聴く機会があり、近くで聴くピアノっていいなぁと感動しました。2005~2006年にザルツブルグ音楽祭に建築家の教授として招かれた時も、著名なピアニスト、ヴァイオリニスト、指揮者などの教授陣と並んで、毎日のようにショパンコンクール優勝者などの演奏を舞台上で聴かせていただき、まさに浴びるように素晴らしい体験をしました。音楽祭の期間中は、大きな五差路のような道路にグランドピアノが置かれ、そこで弾かれるのを何度も見ました。街角のピアノってこんなにすごいんだ、とその時思いました。

2011年にリストの生誕100年を記念して建てる予定だったパビリオンの設計のためライディングを訪れた時も、とても小さな部屋で名演奏を聴きました。手で触れられるほどの近くで聴くピアノは、ロックンロールもかなわないと思っています。こういう体験をすると、ピアノを弾くのはやめられませんでした。

クロアチアの歴史地区グロズニャンで10年間続けている建築ワークショップの期間中も、古い町の中にベヒシュタインなどの古いピアノがたくさんあって貸してくれるのです。毎年2~3週間泊まり込んでやるのですが、その間私は2mほどのコンサートグランドを独り占めして弾けるのです。

私はちゃんとしたトレーニングを続けて来なかったので、上手くは弾けないのだけれど、こうして人生のあちこちからピアノが入り込んでくる、そういうことの連続でした。「ピアノがある」というのは、私の人生の一部です。ピアノがない人生は考えられません。

「もう一つの世界がある」「もう一人の自分がいる」ことが大事

建築家としての手塚さんにとって、ピアノはどのような影響を与えましたか?

建築は本当に大変な学科です。私の教える大学でも、1学年120人建築の生徒がいても、雑誌に載るくらいの人が5年に1回、日本建築学会賞という日本で最も権威のある学会賞を取れるのは10年に一度出るかというところで、1200分の1くらい。そういう中で切磋琢磨するのは、本当に大変な世界なんです。

そんな時に、「自分の別の世界がある」というのは、精神的にとても楽になれるのです。ピアノを弾いている時には、全く別の自分がいて、ピアノを弾く時にだけ現れる自分だけの『ピアノの森』みたいな情景があって、ピアノを弾けばいつでもそこに自由に行ける。私の中で、「もう一人の自分がいる」「もう一つの世界がある」っていうことは、とても大事なことなんです。世の中って大変じゃないですか。でも、何があっても、自分にはピアノがついてきてくれる、というのは、私にとってとても素晴らしいことなんです。ピアノがなかったら、私は今の精神状態は保てていないと思います。

私のピアノは、常に幸せ

どんな時にピアノに向かいますか?

何か機会があったら弾く、というのではなく、家に帰って、みんながたばこを吸うような感じで、自然とピアノを弾く。そんな感じです。ピアノさえ弾いていれば幸せで、4時間でも5時間でもピアノの前に座っていられる。私のピアノは、自分のためにしか弾けません。人に聴かせると、間違えちゃいけないとか思って最後までちゃんと弾けたためしがないけれど、自分のために弾く分には、間違えたっていいじゃないですか。

そういう付き合い方をしてきたから、私のピアノは常に幸せなんです。それが私の人生を豊かにしてくれました。自分がポジティブなピアノとの関係を保ってきたから、人に対しても、ピアノを弾ける環境を与える役目になれていると思います。例えば幼稚園を作った時には、必ずピアノを入れましょうと言えるし、ピアノの重要さを語ることもできるのだと思っています。

ショパンのような建築を作りたい

建築とピアノとでは、共通点を意識することはありますか?

私は建築とピアノは全く同じだと思っています。ピアノも建築も、方程式がある。右のものと左のものがどう重なって、それが何次元にもなって、どういう関係性が生まれるのか、まさに構造力学なんです。

よく「理想の建築家は誰ですか」と聞かれることがありますが、私は「ショパン」と答えています。私はこれまでの全ての建築において、「どうやったらショパンみたいな建築が作れるのだろう」と思って実践しています。ショパンのピアノは、途中で降ろされることなく、最後まで破綻せずに、ずっと戻ってきてくれる。無茶なことはしていないし、あるべきものがあるべき所におさまっていると思うのです。

建築の世界でも、私はいわゆる面白おかしいこと、特別なことはやりません。例えばふじようちえんも、「すごいよね」と言われるけれど、何も特別なことはしていなくて、あるべき所に戻ってきているだけ。ショパンエチュードで言うと、左手のベースにあたるのが、幼稚園の園舎を支える「柱」。時々ぽんぽんと跳躍して小指で弾くような所が、園舎の所々に生えている「木」。その上を、旋律がずっとつながっていて、その音には構造力学があって安定している。それが円形になって表れています。

音楽は一つの旋律じゃできなくて、いくつものカウンターパートやベースが重なってできています。建築も、いくつものアイディアがあって、それが一つに見える瞬間があり、それができるとすごくいいのです。

またショパンには、一つの音を聴いていると不協和音に聞こえる所があって、その不完全さ、そしてその不完全な所から戻る瞬間がいいんです。美しいものは、完全に合理性を突き詰めた所から、ちょっとはずれた所にあります。その絶妙な「ずれ」具合が、ショパンにあると思っています。建築で「これをどうずらすかな?」と考える時に、「これはバラードの音のずれと同じだな」などと頭の中で想像しながら考えたりしています。頭の中で、建築の世界と音楽の世界が重なって出てくるのです。

実は、私は料理も好きなのですが、料理をする時にも、ピアノと重なってくることがあります。料理には栄養がある、けれどそれだけじゃ退屈になっちゃう。何か違う遊びを入れて、それを戻す瞬間がある。音楽ですごく絶妙な強弱をつけるように、それを料理にどう生かすか、と考えたりします。私の中では、ピアノは人生の中で、あらゆる物事を考える時の基礎になっているのです。

ピアノ弾きの建築家の手

跳躍する小指は、ふじようちえんの園舎に飛ぶように配置された木のイメージ。そこには遊び心があり、子どもたちも集まってきます。

お気に入りの一曲「ショパン:幻想即興曲
一番好きな曲は、ショパンの幻想即興曲。ピアノを弾く時には、高いポプラ並木を風が抜けていくような情景が頭の中に現れるんです。その景色に一番近いのが、幻想即興曲なんです。

(2021/8/31 PLAY! PARKにて)

◆ プロフィール

OECD(世界経済協力機構)とUNESCOにより世界で最も優れた学校に選ばれた「ふじようちえん」を始めとして、子供の為の空間設計を多く手がける。 近年ではUNESCOより世界環境建築賞(Global Award for Sustainable Architecture)を受ける。手塚貴晴が行ったTEDトークの再生回数は2015年の世界7位を記録。 国内では日本建築学会賞、日本建築家協会賞、グッドデザイン金賞、子供環境学会賞などを受けている。手塚由比は文部科学省国立教育政策研究所において幼稚園の設計基準の制定に関わった。 現在は建築設計活動に軸足を置きながら、OECDより依頼を受け国内外各地にて子供環境に関する講演会を行なっている。その子供環境に関する理論はハーバード大学によりyellowbookとして出版されている。ウェブサイト

"遊び方は、子どもが決める。"子どもたちが自由な発想で遊べるテーマパーク!
「PLAY! PARK(プレイパーク)」は、「未知との出会い」をテーマに、建築家やクリエイターたちが、見たことがない、遊び方が決まっていない、ここでしか体験できない遊具やワークショップを作り出していきます。PLAY! PARK(プレイパーク)には7つの遊びのゾーンがあります。みんなで遊べる大きな遊具があったり、アート、工作、実験、食、音などにかかわるさまざまなプログラムをおこなっています。はじめてのこと、ドキドキすることは、子どもにとってすこやかな刺激となります。もちろん大人にとっても、子どもと一緒にプログラムに参加して遊ぶことができる、居心地のよい場所です。

取材・文=加藤哲礼・二子千草
撮影=石田宗一郎
協力=手塚建築研究所
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