25. チェルニー練習曲, タイプ③~《24の性格的大練習曲》作品692, 第2巻 (後半)
先週は、パリで出版されたチェルニーの練習曲の3タイプのうち、タイプ③の実例として《24の性格的大練習曲》作品692, 第2巻の前半を見ました。今回は、第2巻の後半を見てみましょう。
第2巻の後半は、「人生の縮図」とも言うべき前半ほどまとまったコンセプトに基づいてはいませんが、さらにロマン主義の色合いを強めた内容となっています。例えば〈バラード〉と題された第7番。もともと詩の一ジャンルであるバラードは、ショパンが1836年に出版して以来、ピアノ音楽の一つのジャンルとして定着しつつありました。チェルニーの〈バラード〉では、この練習曲集の他の曲とは違って、2/4拍子、変ト長調による歌唱的な比較的ゆったりとした主題部(「アンダンテ、音をよく保って」、譜例14)と、4/4表紙、嬰ヘ短調によるいっそう急速でドラマチックな中間部(「アレグロ、動揺して」、譜例15)が、二つの異なる性格が鋭く対比され、物語の急展開が告げられます。
次の譜例1は〈バラード〉の冒頭ですが、暗示的なトレモロに続く主題は、カンタービレの旋律を伴奏のトレモロを巧みに弾き分けることが技術的なポイントとなっています。
次の譜例2では、書法がすっかり変わり、右手のオクターヴの旋律と、左手の幅の広いアルペッジョがテクニック上の課題になります。
一方、第8番〈大洋の波〉はより具体的で描写的です。2分音符=88という急速なテンポで演奏されるアルペッジョで波の起伏が模倣されます(譜例3)。その音域は、主題が始まる第5小節からはオクターヴに及びます。
このpp のうねりはやがて激しさを増し、主題が回帰するときにはff で「華麗に、更に速く」という指示が付き、左手の三和音は四和音に増強されます。
この第8番〈大洋の波〉には、〈勇壮〉、〈嬉しき再会〉、〈冗談〉、そして最期の〈根気〉がきます。最後にオクターヴや三度など多種多様な技巧を総合的に織り交ぜた変ロ短調の練習曲を置き、これを〈根気〉と名付けるところは如何にもチェルニーらしくはないでしょうか。
ここまでかいつまんで見てきたように、チェルニーの《24の性格的大練習曲》作品692は、私たちが普段親しんでいるチェルニーのイメージとはかけ離れた壮大で進取の気性に富んだ音楽家としてのチェルニーの姿を見せてくれます。この作品は、1830年代後期から40年代前期パリで出版された練習曲のうち、最も傑出した「性格的練習曲」のページに数えられます。「練習曲の長」チェルニーは、弟子たちや若い世代による練習曲の急速な進化を目の当たりにしながらも、尻込みすることなく、「練習曲界の長」としての威厳を示したのです。