ピティナ調査・研究

24. チェルニー練習曲, タイプ③~24の《性格的大練習曲》作品692, 第2巻 (前半):人生の練習曲

「チェルニー30番」再考
第二部「30番」再考
24.チェルニー練習曲, タイプ③~《24の性格的大練習曲》作品692, 第2巻 (前半):人生の練習曲

 前回はタイプ③の例として24の《性格的大練習曲》作品692(1843)の第1巻から例を挙げました。今回は「人生の練習曲」というべき第2巻を見てみましょう。
 第2巻の前半には、はっきりとしたコンセプトが認められます。第1番から第6番までは音楽による人生の縮図です。「子どもの唄」、「青春の楽しみ」、「若人の希望」、「波乱の人生」、「老人の追憶」、「信心」。第2巻冒頭に置かれた「子どもの唄」を見てみましょう。右手は旋律と伴奏音型の一部を同時に演奏する、二つの機能を持ちます。右手下声部の16分音符は左手へと引き継がれハープのような効果に乗せて、リート調の優しく上品な旋律が歌われます。なるほど、明快で飾らない素朴な旋律が「子どもの唄」というタイトルにぴったりですが、右手の旋律と両手に割り振られたアルペッジョ、左手のバス・パートの3層を両手でバランスよく弾き分けるという、テクニック上の配慮をはっきりと認めることができます。


C. チェルニー24の《性格的大練習曲》作品692, 第2巻, 第1番〈子どもの唄〉、第1~9小節
譜例

軽快な「青春の楽しみ」第2番、「希望」というより野心的情熱に満ちた「若人の希望」第3番を経て4曲目に来るのは「波乱の人生」です。これは人生の順序から言えば壮年期に当たるのでしょう。プレスト・アジタート(急速に、動揺して)の急速なハ短調の曲で、分散和音、和音連打が主なテクニック上の目的となっています。いきなり冒頭から4オクターヴ半の鍵盤を主和音のアルペッジョで力強く鳴らす仕草はいかにも劇的です。


C. チェルニー《24の性格的大練習曲》作品692, 第2巻, 第4番〈波乱の人生〉、第1~9小節
譜例

タイトルが表す「波乱」の様相は、コーダにおいて聴覚的のみならず、視覚的にも認められます。コーダを示す譜例2は、一旦「波乱」が去りppに収束したのちに、再び4小節のクレッシェンドでff に達する劇的な終結にいたる顛末を示しています。


C. チェルニー《24の性格的大練習曲》作品692, 第2巻, 第4番〈波乱の人生〉、コーダ部分
譜例

譜例の下から二段目はハ短調の主和音を、オクターヴの急速な交代によって打ち鳴らす技法が用いられています。ff の小節から8小節間のうちに、6オクターヴと3度の音域が打ち鳴らされます。1840年代のピアノの音域は6オクターヴ半から7オクターヴですから(ちなみに現在のピアノは通常7オクターヴと短3度)、指示通りペダルを踏んで演奏すればピアノ全体が激しく共鳴する劇的な終結が立ち現れます。
 両手でオクターヴを急速に交代させながら演奏する技法は1830年代にリスト(1811-1886)やアルカン(1813-1888)といった名手が盛んに使用した手法で、ピアノから大音響を引き出すことのできる典型的な手法として40年までにメソッドなどを通して人々に知られるようになっていました。しかし、リストの先生であるチェルニーは1791年生まれ、リストより20歳年上です。18世紀の世代に属するチェルニーは潔く若い世代に学び、新しい演奏技法を取り入れていたのです。