21. パリで出版されたチェルニー練習曲―3つのタイプ:タイプ②その2
前回は、タイプ②の中から、前奏曲・カデンツァ形式の練習曲という少し特殊な練習曲の特徴を見てみました。今回は、引き続きタイプ②の実例として、私たちに馴染みの「30番」の姉妹編とも言うべき特徴を備えた練習曲集の中から、《進歩, 25の練習曲, J.B.クラーマーの練習曲集への導入》作品749、《50の能弁の練習曲》作品818についての中から特徴的な練習曲をかいつまんで見てみましょう。「30番」自体もこのタイプ②に属する練習曲ですが、これについてはタイプ③の解説が終わった後で個別に扱います。
タイプ②に分類される練習曲の多くは次の2通りの形式で書かれています。
① 第1部、第2部が反復される2部形式
② 中間部と再現部を反復する3部形式(長い曲では反復なし)
②は①の発展形で、①の第2部の後半に、第1部の主題が再現された形です。この形式はスカルラッティのソナタに典型的に見られるものです。調性は、第1部の末尾で属調に移り、後半で主調に解決されます(転調を全くしないケースもしばしば見られます)。タイプ②において、チェルニーはこの単純な形式を用いて特定の技巧に焦点をあてた曲を書きました。
タイプ②は、既に確認したように、物理的な手の動き(メカニスム)の機能性を向上させることに重点が置かれています。実際、上に挙げた作品749、作品818の殆どはアレグロ、ヴィヴァーチェ、プレストといった急速なテンポの曲です。
《進歩, 25の練習曲, J.B.クラーマーの練習曲集への導入》作品749(1844年刊)はタイトルを見てのとおり、19世紀初期に出版されたクラーマーの練習曲(過去の記事参照)の予備練習として書かれたものです(但し予備練習とはいえ、難易度的には「30番」よりも上です)。1804年、1809年に刊行されたクラーマーの練習曲は40年たってもなお教育のスタンダードだったことがこのタイトルから読み取ることができます。
次の譜例1は作品749の第19番 ニ短調の第1部にあたる部分です。見てのとおり、オクターヴの練習曲です。この曲は上で見た①の形式に分類されます。8小節から成る簡潔な第1部は6小節目で属調のイ短調に移行し始めます。そしてリピート記号を挟んで、再びニ短調の第2部が始まりますが、この曲では以後、冒頭のテーマはもう現れません。
テーマが再現する②のパターンの例として《50の能弁の練習曲》作品818の第1番 ハ長調を見てみましょう(ちなみにタイトルのある「能弁volubilité」という一風変わった言葉は「滞りなくたくさん、早いスピードで話す」という意味で、流暢に指が回る、ということを比喩的に言い表しています)。この練習曲は主に3,4,5の指の動きに重点を置き、これらの指が独立するようにするための練習曲です。次の譜例2は冒頭8小節です。
ハ長調で始まり、やはり7小節目で属調のト長調に移行し、リピート記号の後、9小節目からは再びハ長調に移り第2部が始まります。次の譜例3は主題が回帰する箇所です。「30番」でもそうですが、主題が回帰する直前、多くの場合左手は主調に戻るためV度の和音(ドミナント)を伸ばすか、譜例3のようにV度を鳴らして休むかいずれかです。
このように、タイプ②は簡潔な形式・転調の枠組みの中で特定の技巧を練習することを目的としています。とはいえ、その中にも少数ではありますが表現重視の曲もあります。次回は、タイプ②の中かから数少ない、ゆったりとしたテンポの曲の特徴を見てみましょう。