「最も成功したバッハ」 はじめに~新たなレパートリーとして(執筆:佐竹那月)
「J. S. バッハの息子」の一人であり、18世紀北ドイツで活躍したカール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(1714~1788、以下C. Ph. E. バッハ)。彼の作品全集 C.P.E. Bach: The Complete Works 編纂のプロジェクトは、パッカード人文科学研究所によって1999年に始動し、今年ついに全巻が出揃う予定になっています。ここ数十年、C. Ph. E. バッハの音楽は再び注目を集めており、C. Ph. E. バッハのクラヴィーア曲がモダン・ピアノで演奏される機会も少しずつ増えてきました。
18世紀ヨーロッパの音楽は、大まかに言えば、バロック期のポリフォニックなものから、伴奏+流麗な旋律というホモフォニーの音楽へと移り変わりました。交響曲や弦楽四重奏曲といった器楽の新しいジャンルが確立されていったのもこの時代です。また、鍵盤楽器の改良・普及、楽譜出版がさかんに行われた時期でもあり、C. Ph. E. バッハは、クラヴィーアを嗜む市民をターゲットに「ご婦人方のための」あるいは「識者と愛好家のための」と冠したクラヴィーア曲集も出版しています。さらに、彼のエッセイ『正しいクラヴィーア奏法に関する試論』(以下、『試論』)全2部(1753, 1762)は、演奏法の勉強のためにベートーヴェンが弟子チェルニーに読ませたというほど、当時も非常に大きな影響力を持っていました。このように、C. Ph. E. バッハは、クラヴィーアの名手としての強みを存分に活かし、時代の流れを読み取って巧みに立ち回る、バランス感覚に優れた音楽家だったと言えるでしょう。本連載では、C. Ph. E. バッハの様々なクラヴィーア作品に焦点を当て、彼の作品の特色・聴きどころをご紹介していきます。