ピティナ調査・研究

25曲を斬る!第05回 Innocence 無邪気 ~ 対比からちらつく"Innocence"とは

みんなのブルグミュラー
25を斬る!~大人のためのブルグミュラー
第五回 Innocence 無邪気~ 対比からちらつく"Innocence"とは

♪ 第5曲目 Innocence 無邪気:YouTube 演奏:友清祐子

「無邪気」っぽさの演出?!

さぁ、「無邪気」ですね。

(一同しばし沈黙)

...うぅん。まぁ、よく書けてるんじゃないですか?

いいですよね。前半の半音使いなんかは洒落てます。ただ私はですね、中間部のですねぇ...

(吹き出し笑い)

ああ。このダンス。

はい、そうです。2番括弧のあとの10小節目からの、なんというか、バカっぽさみたいなのが、ちょっと気になりますねぇ。

なりますなります。

確かに。

ここは、右手もさることながら、左手がね。

左がね!!!!

だって、前半でさんざん左手は和音で語ってきたのに。これ・・・♭シド♭シド♭シドって、キツぃ・・・

この無表情っぷりはないよね!たまたま昨日、ラン・ラン(※中国人ピアニスト。表現力豊かな演奏で人気。特に弾いている最中の顔の表情はものすごい)の演奏をテレビで見たんだけど、ここはちょっと、ラン・ランでもどうしようもないんじゃないの。♭シド♭シド始まったら、ちょっとここだけは映さないで、みたいな。ぼく顔できないから、みたいな(笑)。

こまりますねぇ。ここの表現は、どうしたらいいんでしょうか。

前半には本当に豊かな内声がありながら!どうしましょう、これ。

明らかにここの4小節が...

これ、違う人が書いたんじゃないの?

(爆笑)ここだけ?

いや、この4小節だけっていうより、後半全体が非常に薄いと思うんですよ、前半の力に比べたら。

そう!

これはまるで、モーツァルトのレクイエムを聴いて「あ、ここからは別の人が書いたな」ってすぐにわかるように、何かそういう違いすら感じますねぇ。ホントは前半の9小節目までだったんじゃないの?この曲。でも出版の都合で「1曲1ページで」とか言われて、ちょっと足したとか。

なるほど。じゃないと解せないですね。

だいたいね、10~11小節の右手の繰り返しを、12~13小節目で単に1オクターブ上げるだけっていうのも、なんかブルグらしくないんですよ。

そうですよ、らしくないですよ。1オクターブ上げるだけなんて。そんな手では、ごまかされないですよ、こっちは。

そんなこと、する?ブルグ。

あ...でも、それがむしろ、狙いかな。だって、「無邪気」ですから。

...あああっ!!そうね。「無邪気」ですからね。あああ。なるほど!

うん。「みんなほら、いろいろ裏読もうとするでしょ?でも『無邪気』なんだよ」みたいな。...苦しいかな。

いや、その線はあるね!ブルグ、自分が無邪気なんかじゃないこと、わかってるから。

うん。わかってるから。「『無邪気』って、こんな。でしょ?」みたいな。

そう!「こんな感じだろ?『無邪気』って」って。

...意外と冷笑家だね。

(爆笑)

すごい。怖い曲になってきたー。この連載「大人のため」だけに、こんな話、子供には聞かせられないよ(笑)

早すぎる早すぎる(笑)

いやむしろ、こういうことを、自分で実感して見つけられるようにならないとダメね。大人から聞いて、口真似だけするようではね。

うん。そう。でも案外、子供はわかってるから。

ああ、そうね。子供は結構わかってるんだよね。

タイトルは「もう、知らない」?!

この前半の書法ね。例えば、冒頭の右手なんかは、ただ降りてくるだけじゃなくて、行きつ戻りつしながら降りてくる。7小節目では半音を使って特徴的なアクセントの音型が出てきたり、こういった作り方っていうのは、ショパンと同類の非常に繊細なピアノ書法ですよね。だからこそ、この後半との対比が目立っちゃう。

目立ってますねぇ、かなり。ワル目立ち。

これさぁ。わざとじゃない?

うん。これ、わざとじゃないとは言えないね!

ね。後半、どれだけ「バカっぽさ」を出せるかっていう。

なるほど。後半の14節目を見ても、単なる順次進行でただ降りてくる。前半は行きつ戻りつで「ためらい」を見せていたのに。どうも、途中で何かに気が付いて、前半でのこと、後半でぱたっと「やめた」って感じがします。

ああ、ほんとですね。

人間あるじゃないですか、そういうこと。一生懸命いろんなこと考えてきて、仕事したり、人に対して気を遣ったりさ、ああ自分は毎日こんなに頑張ってるなぁ、なんて思っても、あんまり報われなかったり周りが自分勝手だったりだと、ある瞬間キレて、「あああもぉやめたやめた!!」ってなること。あるじゃないですか。

ああ、そうね!あるある(笑)

確かにね!

大人だって、キレるんですよ!もうやめてやる!って思う瞬間もあるんですよ!どんなに頑張ってきてもね。

そうですよ!そんな状況ならもう、♭シド♭シドだよ!

ええ!もう、バカバカしくって、♭シド♭シドですよ!前半のためらいなんてもう捨てて、後半は♭シド♭シド、「もういいんだ!もういいんだ!」ってなりますよ!

なるほど!

そうか。では、曲のタイトル Innocenceは、「もう、知らない」、だね。

!!!

タイトルは「もう、知らない」!そうか!そういう意味だったのか!?

そうです。この前半と後半の対比の意味を解釈したら、もうそれしかあり得ません。

いやぁ...驚いた。「もう、知らない」...か。そっか、そうですよね。後半ちょっと、気がふれてる感じありますもん。前半まったく匂わせてないのに。

そうよね、ものすごくエレガントですよ、前半は。大人としてちゃんと振舞えてるもん。

そう。2番括弧までは振舞えてます。

でも10小節目で突然キレた。

そりゃleggieroにもなるよね(笑)。

自由になっちゃった。最終小節は、最後の16~17小節は、もう投げやりな気分すらあります。

「もう、知らない!」の和音です。出だしからすると、この曲最後はこんな風に終わるなんて予想がつかない。

25曲中、他の曲は結構まとまりがあるのにね。

見渡せてない感じがある。これだけは、「もう、知らない」ですよ。

あぁ、今回も気付いてしまいましたね。

気付いてしまいましたよ、これは。ちなみに原題のフランス語Innocenceには、「無罪」っていう意味もあるんです。

「もう、知らない!僕は悪くないもん!」、で、無罪(笑)。

第五回 Innocence 後記
前半と後半の対比は、楽譜を眺めれば眺めるほど歴然としてくる。左手の和音の薄さだけでもなんと明白なことか。でも、そんなことがあってもいい。時には投げやりになる日があってもいい。大人になりきれなくたって、時には「無邪気」に振る舞うことも人生には大切なんである。これは、そんなことを教えてくれる一曲なのかも知れない。最後の「もう、知らない」の和音ですが、演奏上は投げやりにならず、丁寧に弾きましょう。それが大人ってものです。

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