ピティナ調査・研究

ZADAN:第07回 ピース邦楽曲を聴く ~全音ピアノピースってすごいよね!!~

みんなのブルグミュラー

全音ピアノピースには歴史が積み重なっている。西洋のサロン風景、それを受容した戦前期の日本、戦後のピアノ文化等が透けて見える上に、さらに遠く江戸時代にまで視線を向けることができる。今回は通常の会長&広報のトークスタイルから離れた形で、そんな"ピース邦楽曲"に焦点を当ててみたい。

ぶるぐ協会会長 前島美保
ピース邦楽曲を聴く 其の一
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全音ピアノピース一覧表を眺めていると、異彩を放つ作品群が突如として現れる。238番「越後獅子」、239番「六段」、240番「千鳥の曲」。これらは江戸時代に箏や三味線の曲として作曲されたものだが、いったいピースに加わったのはいつ頃で、その背景にどのような経緯があったのだろうか。そして、そもそもどんな曲なのか。

「百聞は一見に如ず」ならぬ「百見は一聞に如ず」ということで、まずは"ピース邦楽曲"3作品を聴いてみたいと思う。

その前に、原曲について、簡単に触れておこう。

「越後獅子」・・・文化8年(1811)江戸中村座で三代目中村歌右衛門が演じた七変化舞踊「遅桜手爾葉七字」の一つで、九代目杵屋六左衛門(?~1819)が作曲した長唄。門付け芸をみせるためやってきた越後の角兵衛獅子が、故郷の名物や民謡を唄う趣向で、浜唄、踊り地、さらしの合方など唄、三味線ともに変化に富んだ作品。

「六段」・・・近世箏曲の創始者八橋検校(1614~1685)が作った箏による器楽曲。箏曲としては最も古典的かつよく知られた曲。連続する六つの段からなり、段を追うごとに次第に変奏の度を高めていく。独奏のほか、三味線、尺八など様々に組み合わされて合奏することも多い。初段(108拍)を除く各段は104拍と一定している。

「千鳥の曲」・・・19世紀前半の名古屋で活躍した吉沢検校(?~1872)が作曲した箏伴奏による歌曲。勅撰和歌集から「千鳥」の語を含んだ二首を引用し、歌の合間には器楽的部分(手事)をはさむ。雅楽の箏の調弦法に創意を得たとされる古今調子を用い、手事には波音や千鳥の鳴き声を模した擬音的な旋律が現れる。箏二面による上演のほか、胡弓入りで演奏されることもある。

この3曲は、三味線の「越後獅子」と箏の「六段」「千鳥の曲」、歌詞のある「越後獅子」「千鳥の曲」と器楽曲「六段」、17世紀の作品「六段」と19世紀の作品「越後獅子」「千鳥の曲」というように、一口に邦楽曲とは言っても来歴や特徴がそれぞれ異なる一方、各ジャンルの中で非常に有名な曲という点に共通項を持つ。

それでは実際にピース邦楽曲3作品を聴いてみよう。
ご協力いただいたのは、連載 「ピアノ曲 MADE IN JAPAN」でおなじみの須藤英子さん。ご厚意で288番「春の海」(昭和4年、宮城道雄作曲)もあわせて録音させていただいた。

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「越後獅子」♪
「六段」♪ ピアノ的ヴァージョン♪ ※1
「六段」♪ 筝的ヴァージョン♪※2
「千鳥の曲」(冒頭)♪
「春の海」(冒頭)♪

「越後獅子」は、長唄の原曲から、冒頭前弾(ピース:1~14小節)、浜唄後~「弾いて唄うや獅子の曲」(15~97小節)、さらしの合方~段切(98~最後小節)の3つの部分を抜粋して編曲されている。これらはいずれも唄の聴かせどころというよりはむしろ三味線の手が印象的に活躍する部分で、とりわけ三味線の持つ打楽器的な奏法がピースではオクターブの同音反復としてクローズアップされ、原曲の威勢のよい雰囲気が全体に漂う。須藤さんによれば、「越後獅子」は難易度Bで譜読みも難しくないが、難易度Cの「六段」よりも弾きにくいそうだ。

「六段」は、原曲の三段、五段を除く一、二、四、六による全四段で構成されている。譜割はだいぶ異なるが、各段ほぼ原曲の拍数で編曲される。今回は試みに、ピアノ、箏それぞれの楽器の奏法を意識した2つのヴァージョンにより録音した。
※1 ピアノ的ヴァージョンは横に流れる旋律が意識されるが、※2 箏的ヴァージョンでは縦の音の重なりやリズムが強調されて聴こえる。また、箏爪で弦をはじく音色がピアノでもかなり再現できることがわかったのは発見であった。

以上4曲はいずれも原曲の響きにかなり忠実な編曲という印象が強い。もっともピアノ編曲版には原曲にない音もたくさん用いられているのだが、西洋の和声理論に出発点のない邦楽の語法に敏感な編曲であるために、原曲を彷彿とさせるに十分である。また、ピアノの弾き方によっては「六段」で試奏してみたように、箏に近い音色効果も期待でき、ピース邦楽曲はピアノの表現の可能性を自分なりに追求できる作品群かもしれない。「越後獅子」で三味線のスクイやハジキ、「春の海」で尺八のユリなどをピアノで試してみることもできそうだ。さらには、箏曲では「六段」の初段と二段を合奏することもある。2台ピアノで同様の楽しみ方をしてみるのも面白い。

今回はピース邦楽曲を実際に聴いて体感してみました。
次回はピース邦楽曲のリストアップの背景に接近していこうと思います。
試奏にご協力いただいた須藤英子さんに心より感謝申し上げます。ありがとうございました。


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