ピティナ調査・研究

ZADAN:第01回 いざ、ピースの世界へ~全音ピアノピースってすごいよね!!~

みんなのブルグミュラー
一覧表ってすごいよね

こんにちは。「全音ピアノピースって、すごいよね」ということで、初回の今日は、まずは「ぶるぐ協会」会長とわたくし広報がなぜにこのテーマで語るのか、というところから、話し始めてみましょうか。会長、いかがでしょうか。

...ずっと前から好きでした。

いきなりの告白ですか。

わたしはね、全音ピアノピースといえば、そりゃもう、穴の空くほど眺めましたよ、あの裏表紙にある出版リストをね。子供のころに(昭和五十年生)。

おお。

それで、次は何を弾こうかな、なんて考えるわけです。あるいは何が弾けるかな、なんて。「難易度」を見ては、あーまだこれはムリっとか、これもう弾けるっとか、あの憧れの曲はD(難易度)かぁ~~とか悶絶したりね。

やりましたねぇ!!私も子供のころ。発表会で誰かが弾いて、かっこいいとシビレた曲がピースに入ってたら、それはもう小遣いでも買えるわけですから。なんか、「手が届く」感があるんだよね。

そう。発表会のあとはあの一覧表に直行ですよ。これマスト。

表にあると、「あるじゃん、ピースに」とかつぶやいて、急にその曲が身近に感じたものでした。ピースになってりゃこっちのもの、みたいな。

とにかくジロジロ眺めては、妄想を膨らます・・・

もうあの1ページに、自分のピアノの世界の全てがある!みたいになってますよね!

そう!あれすごいよね、あの世界観。なんだろう。

PTNAのスタッフさんなんかと話していても、あの裏表紙で、弾いた曲には線を引いて、次に買うもの決めてた、なんて人もいましたよ。

それあるよねぇ、ぜったい。一覧表の妄想喚起力はすごいっ

妄想喚起の秘訣はやっぱり、あそこにズラッとあるのがほとんど、タイトルのついた曲だからですかねぇ。

ええ!「月光」とか「テンペスト」とか、ソナタでもちゃんと表題なり俗称なり、付けられるものには付いてますから。ショパンのノクターンも当時から「夜想曲」だしね。目から入る情報が、なんかいいんだよね。嗚呼!素晴らしき哉、ピアノピースの世界!!

乙女の祈り伝

ほんとにねぇ!かけがえのない世界でした。というわけで、われわれはそんなピース・ワールドに敬意を払うべく、こうして対談を始めたということになりますか。ところで全音ピアノピースと言えば私は、昭和の子供時代(四十九年生)、レッスンでは習わない曲で、それでも自分で弾いてみたい曲なんかを、自分で買ったりするようなイメージでしたね。

そうでしたか。最初に手にした時って嬉しくなかった?

そう!あの表紙が大人への第一歩、みたいな気持ちにさせてくれまして。私は、親から「乙女の祈り」っていう曲がいい曲なのよ弾いて~とか言われて自分で楽譜買いましてね、子供のころ。当時200円。生まれ故郷、北海道の小樽で買いました。

あー乙女の祈り!!親の世代好きでしょ!あの曲!

ほんと好きなんだよね。彼らの世代にとっても憧れの西洋音楽なんでしょうね。お嬢さんがピアノでポロンポローン、のイメージ。
ところがですよ、これね、買って帰ったら、難しくて弾けない!!!変ホ長調、いきなりのオクターヴ!跳躍に連打にアルペッジョ!!

(ピースを渡されて)うぁ。恥ずかしながら初めてちゃんと拝見しましたが、こりゃ弾けないわ。難しい!弾きたい人、どれだけいることか!

でしょ??作曲者はバダジェフスカ。若くして死んじゃったのよね。「音友人名」事典によりますと、「文部省教育用音楽用語」では「ボンダジェフスカ」。

へえ。バダジェフスカって呼んでた。

うん。呼んでた、呼んでた。そんなに呼んでないけど。で、ずっと憧れ曲だったバダジェフスカ「乙女の祈り」ですが、後に芸大に入ってみると、音楽学の授業でさんざんコケにされまして・・・ひどい。

ええ、私も覚えています。その授業、出てましたから。

なんて言われてましたっけ?

「キッチュだ」・・・と。

ううむ。文脈は「あんなものは芸術ではない!」とかそういう話でしたよね。

そうですね、たしか。

そりゃそうです。だって、大胆に言ってしまえば、ある意味もとから芸術作品じゃないんです、あれは!サロン音楽ですから。 19世紀のヨーロッパ、オシャレにくつろぐホームパーティなんかのスィートなサロンの音楽ですから!授業では文脈が違ってたと言っていいんじゃないかな。目指してないところで「なってない!」とか叱られてた感じ・・・。でも、叱られたって、みんな好きなものは好きなんです、バダジェフスカ、乙女の祈り、大人気。この曲は全音ピース、通し番号で16番目のラインナップ。早い時代から食いこんできてますよ。それからずっと根強い人気です。これも発表会の定番中の定番!!

そう。すっごい人気だよ!「キッチュ」ったって・・・・みんな好きなんだよ、サロンが大好きなんだよぉぉぉぉ!!!好きって気持ちとこの層の厚みをどうしてくれるんだよぉぉぉぉ

毎晩聞く音

おちついてください。あとね、やっぱり「人形の夢と目覚め」(広報による試奏♪)です。私にとって、ピースといえばこの曲でもある。ちょっと躁うつ病的で、この曲好きです。

オースティンですな。

オースティンって、全音ピースに他にもある?

はい(即答)。No.29に「アルプスの夕ばえ」、No.41に「アルプスの鐘」。

随分アルプスがお好きなんですね、この方。
オースティンっていうのも、子供のころにピースで触れて以来、その名をほとんど聞かなくなるっていうか、みんなめったに「人形の夢と目覚め」とか口にしないし、シラっとしてるよね。

それがね、シラっともしていられないんですよ。

と、いいますと?

うちの2004年製の湯沸かし器、お風呂の湯が沸くと「人形の夢と目覚め」のメロディーがなるんだから。ちなみにメーカーはNORIZ。

やるなぁ!!NORIZ。

リヒナーさん、こんにちは

わたしはね、リヒナー好きなんですよ。

ほぉ。・・・リヒナー・・・だれ?

リヒナーと言えばあなた、地元(埼玉県上尾出身)のピアノの発表会じゃ大人気です。ピティナの課題曲にだってなってるし、有名ですよ!!

代表曲はなんでしょう?

それはなんといっても全音ピアノピースから出てる3曲ですよ。「舞踏の時間に」(by 広報♪)、「ジプシーの踊り」とか。サロン風でオシャレですよ。なんといってもイチオシは「勿忘草」(by 広報♪)

(ピースを渡され)・・・これいいじゃん

切ないでしょ?すごい湿気でしょ?短調のいいところがよく響く。大人が弾いたりするのにすごくいいんじゃないかな。子供とかにも印象的だと思うよ。自分がそうだった。日本人的に合うんじゃない?演歌っぽいから。

簡単に見せかけて、けっこう難しいねこれ。

そう。でもリヒナーのピース3曲は、難易度ぜんぶA。オールA。

いいねぇ「勿忘草」。この漢字、ちょっと読めないね。

ええ。最近では「わすれな草」と平仮名表記の楽譜が多いですけど、ピースは漢字。かたくなに、漢字。

おお。さすがピース。

で、このリヒナー。日本じゃ全音ピース以外から出ている他の作品を入れると15曲くらい楽譜が手に入るんですね。

(一覧表を渡される)・・・・ほぉ。「自転車のり」とか、タイトルがいいね。

ピースにはないけど、「みじかいお話」これも有名!地元の発表会などでも、出てきます(なぜか上尾の発表会プログラム持参)。 でね、私どうにもこの人が気になって、「ブルグ」のときに調べた資料で見てみたんですよ(本連載第4回を見てね)。そしたらやはりこの人、作品表には400曲。作品番号だけでも320。きっと面白い曲がある。

おお、しかしながら、今や日本で知られるのは15曲ほど。消えたんですね、儚くも。まぁブルグ君と一緒だね。

ええ。そうです。わたくしたち、なれっこです。

とはいえ、ピースに3曲はあるし、会長や地元ちびっ子たちのように愛し続けている人たちがいる。

そこ!重要だ!と思うんです。売れ行きもすごいんだと思うんです!!とにかく発表会で弾かれてます!!ピティナの課題曲でも!!!

おちついてください。

でもそんなリヒナー、弾かれてるのに・・・・知られてない。リヒナー。顔がわかんない、まず。

われわれがブルグ君の肖像画をパリの図書館で発見するまでは、彼のお顔もわからぬままに愛しぬいてきましたが、リヒナー君も同じですかね。

これがね・・・あっちこっち見たけど事典に彼の項目すら載ってこない。さすがにこのハンディな「音友人名」にも載ってこない。ある意味、ブルグミュラー超えちゃったかなぁ・・・。

ブルグもお兄ちゃんはなかなか載ってないですからね。あっても弟のオマケ的に付けられてたり。国内外の事典問わず同じ現象でしたね。あれは切なかったですねぇ。

ええ。これも、わたしたち、なれっこ。

いじけたりしないわ。

ネットなんかででもですね、今やリヒナーの情報求めて悲痛な声が上がってきています。「リヒナーって、どういう人ですか?」とか。もう大変ですよ!!!!

そんなに声は多いかどうかは別としても・・・まぁ切実ですね。

そしてとうとう、わたし見つけたんですよ、唯一、いっこ!音友の「標準音楽事典」です。

なんとっ

それによりますと、このお方、どうやら宗教音楽の分野でがんばられたドイツの作曲家ですね。そして、こうあります。 「熱心ではあったが、個性が薄い存在」。

!!

「わが国ではピアノの小品が知られているのみである」、と。

出ましたね。

出ました。

なぜかサロン風のピアノ曲を書いた作曲家というのは、「のみである」とか「知られていたにすぎない」とか「個性が薄い」とか、もうそんな書かれっぷり、なんですよねぇ。

ええ。これもブルグ調査でさんざん目にしてきた、まさに常套句でございます。
ちなみに、今わたしたちの手元にある「音友人名」のブルグ君はというと・・・
「日本で有名なピアノ教則本を作曲したドイツ人。」

ふむ。そうですね。

「1832年以来パリでもっぱら小市民的サロン用軽音楽(ピアノ小品100曲余り)やバレー音楽を書いた。」

・・・「もっぱら」・・・「小市民」・・・「軽音楽」・・・!!!

よく練られた日本語ですね。

すごいですね!「もっぱら小市民的サロン用軽音楽」ですよ。筆者はすごく言いたかったんですね。

なにを?

ちいさい・・・てことを。

結局さ、リヒナーだって、小さかろうが個性薄かろうが、辞典類からほとんど無視されようが、ようは結構みんなリヒナーが好きだし、忘れてないってことなんですよ。

そうですねぇ。

でね、そんな、すごい勢いで紹介されていないリヒナーに、出会わせてくれたのが、他でもない全音ピースなのですよ!これってすごいことじゃないですか?

え、ええ!

とにかくね、この一覧表の窓から見えるピアノ音楽の世界は、ちょっと尋常じゃないよ。

ふむ・・・・なんか、サロン、多いね。

そこですよ!
もちろん、ピースにはベートーヴェンのソナタとか、ショパンもシューマンも、おなじみの大曲は入っている。で、なんか、それと同等というか、それらを凌駕する勢いで、一見「だれ?」っていう作曲家たちがいっぱいラインナップされてるでしょ?ワイマン、エルメンライヒ、バタジェフスカ、カリニコフゴダール、イラディール・・・・。名前を見ても「?」だけど、メロディーを聴けば、「ああこの曲か!!」っていう、そんな音楽たちですよ!長年愛され続けてますよ!そしてそれらが軒並みサロン音楽っぽかったり、するわけよ。

おお。日本が西洋のピアノ音楽を受容していこうとするなかで、これだけ昭和ピアノ少年少女に夢を与えた全音ピアノピース。その莫大な影響力!そのレパートリーのかなりの作品が、19世紀のサロン音楽!・・・これは、ある意味とても正しい西洋音楽受容ですねぇ!

そうよ。19世紀ピアノったらあなた、サロン音楽よ。

小市民と言われようと!

キッチュと言われようと!

愛されてこそすべて!

ですからね、ここらで声を出しておかないと。ホントは無視できないのよ。昭和ピアノ史に大きな影響力のあった「全音ピアノピース」という現象。

そうですね。今までほとんど研究対象としては見てこなかったかもしれないし、気付いたら通り過ぎていたステップくらいにしかみんな思ってこなかったかも。大人になったら「ちゃんと全集で持たないと、作品の真価がわからん」とかなんとか言い出したりしますからねぇ。でもですね、言いたいじゃない。声を大にして全音ピアノピースに大変お世話になってました!と。

そしてここからしか見ることの出来ない日本ピアノ曲受容の素顔がある。

あぁ。もっと知りたくなってきました。ピースのことが。

あぁ。全部欲しいね!全音ピアノピース!!!

ZADAN第一回後記:広報
ZADANの一回目は全音ピースを語る理由固めから始めようと思いつつも、話はまとまる節もないまま止め処なく流れ流れてしまいました。しかし、これほどまでにわれわれの喚起力を起こさせるもの、それこそが全音ピアノピースであり、日本のピアノ曲受容において長年の歴史と分厚い受容層を持ちながら、これまでに一度も本格的な研究等がなされていない現状からしましても、こうして自由に語ることにすら意味があるように思えて不思議です。今後もこのZADANでは、さらにピースのあれこれについて光を充て、多いに語り合っていこうと思います。

目次 | 資料

調査・研究へのご支援