連載:第09回 鳴り響きの可能性~1/25曲×∞
「25の練習曲」の録音源がついに完成いたしました!演奏は「ぶるぐ協会」仲間のピアニスト、友清祐子さん。録音は、去る2006年5月19日、PTNAのホールで行われました。下記の曲目横の「mp3♪」マークをクリックすると演奏が始まります。
ここで少しだけ変わったご説明をしておきますね。
お聴きいただける演奏はどれも、「模範演奏」ではございません。「模範演奏」とは、いわゆるお手本のこと。「ここは、こういう風に、こういうテンポで弾くのが正しいのです」という演奏のこと。例えば「こう弾けば先生にマルしてもらえる」とか「コンクールで一等賞が取れる」といった目安みたいにして聴かれる演奏のことです。
今回私たちがつくった音源は、そういうものではありません。「正しい」とか「正しくない」とか、「教育上良い」とか「良くない」とか、なにかそういったことを提示しようとしたものではないのです。
では何かというと、無限に広がる演奏の可能性の、たった一つの形なのです。 当たり前といえば当たり前のことですね。
「25練習曲」は、いわゆる「教則本」「エチュード」として、ピアノの初等教育用として扱われることが多いために、ややもすると演奏に、「お勉強上の正解」を求めてしまうかもしれません。
指の形、ハーモニーやリズムの感じ方、歌う心、そういったものの基礎を、この曲集は提供してくれます。
そうした基本は大事です。でもやっぱり演奏とはその時その一回のもの。私たちの呼吸が一回一回深さや早さが微細なレベルで違うように、その日、その演奏をする瞬間、自分が何を感じて、どう歌うことを求めているのかは違っているはずです。そのことを感じようとしないまま、「正しさ」ばかりを求めて鍵盤に向かってしまうとしたら、それは少し淋しいことです。
基本を大切に。それでも感じることを自由に引き出して。
私が「25の練習曲」に感じる大きな魅力のひとつが、実はここにあります。この作品は、多くの「基本」を与えてくれると同時に、多くの「自由」を許してくれる。無駄はどこにもないけれど、隙間がいっぱいの曲たちなのです。この作品を通じて私たちは、言ってみれば自立した音楽家になれるのです。「基本」と「自由」の両軸を、くっきりと持ちあわせた音楽なのですから。
TOMOKIYO Yuko, piano
東京藝術大学音楽学部付属音楽高等学校を経て、1999年同大学卒業、同年、ハンガリー政府給費留学生としてハンガリー国立リスト音楽院に留学し、3年間研鑽を積む。 その間、ハンガリー春のフェスティバルでの演奏をはじめ、リスト音楽院小ホール、リスト記念館、バルトーク記念館等にて演奏会を開催。 2000年夏、イタリアのキジアーナ音楽院にて奨学金を得る。2001年夏、イタリア・シエナにてマウリツィオ・ポリーニ氏のセミナーに参加。2004年、東京藝術大学大学院修士課程修了。ベーゼンドルファージョイントリサイタルに出演。これまでに新ブダペスト弦楽四重奏団と共演。 1997年、第3回WAKI PIANOコンクール、教育長賞受賞。2004年、第4回かやぶき音楽堂デュオコンクール(ヴァイオリンとピアノのためのデュオ部門)第1位。 これまでにピアノを徳万良子、植田克己、シャーンドル・ファルヴァイ、迫昭嘉の各氏に、室内楽をシャーンドル・デヴィチ氏に師事
演奏者の友清さんには4時間あまりの演奏をお願いすることになりました。1曲につき平均4テイク。1番から順番に取りましたが、スタミナ、迫力の落ちない演奏に、私は興奮してしまいました!録音にあたり、数週間前から出版譜の検討(今回はペータース版を使用しました)、イメージの作り方など、「ぶるぐ協会」メンバーが全面的に関わってきました。
当日立ち会ったのは私、会長前島、PTNAスタッフの3名。ああだこうだ、とそれはもうにぎやかに友清さんに注文。どんどん吸収してくれる友清さんの実演に、感激のあまり欲張っていろいろお願いしてしまいました。例えばこんな注文です。細かいことから感覚的なことまで。
・全体的に大人っぽいイメージで、アップテンポにしてほしい。
・「小さな嘆き」の13小節目のクレッシェンドのところは、押し殺していた感情が溢れ出るように少し走ってほしい。
・「バラード」は少し病的な感じで。
・「つばめ」18、19小節目は、えさを探しているうちに遠くまで来すぎてちょっと不安になってるつばめの気持ちで。
・「さようなら」で決然と告げた別れを、癒す音楽の「なぐさめ」、その後、故郷にかえって「あの人に会える」という喜びをもったイメージで「帰途」!
・・・・などなど。いろんな物語が生まれては消えていき、いろんな演奏が繰り広げられました。
多くの引き出しのなかから、一つずつだけ選びました。(ちなみに私個人は、トモキヨ・タランテラは世界の名演だと思っています!)楽しんでいただければ幸いです。どうぞごゆっくりお聴き下さい。