ピティナ調査・研究

連載:第04回 パリと楽譜と音楽と

みんなのブルグミュラー

今回はパリでの調査報告です!ブルグミュラーの活躍地といえばパリ。1832年26歳のころ(一説には1834年)からパリに移り、ブルジョア階級の子供たちのレッスンをしたり、サロン音楽(家庭でのパーティー用の軽やかな音楽)を作曲・演奏したりして、ブルグミュラーは比較的ゆたかな生活を送っていたようです。

しかしその詳細な記録はほとんど残されていません。実際のパリでの生活はなぞに包まれたまま。大きな音楽辞典のたぐいを開いても、ブルグミュラーの独立した項目や作品表はほとんどありませんし、伝記などがきちんと残されているわけでもありません。悲しいことに、ブルグミュラーは世界的にみると「マイナーな作曲家」だということがわかります。日本のピアノ界ではメジャー中のメジャーですが、それでも現在、作品としては「25の練習曲」「18の練習曲」「12の練習曲」そして「トルコ風ロンド」が知られる程度でしょう。

とはいえ、ブルグミュラーが生涯に残した作品数は、400曲とも600曲とも言われています。今回のパリ調査、私の使命は「1曲でも、埋もれてしまった作品をみつけてくること!」。なんとも場当たり的な調査ですが、ブルグミュラーのレパートリーが増えたら楽しいだろうな、そう考えたのです。

さて、私の手元には、ひとつの資料があります。これは20世紀の初頭、1904~1910年の間に出版されている音楽的な出版物をまとめてあるという、12巻におよぶとてつもない情報量のハンドブックです。

書誌情報:Franz Pazdirek. Universal-Handbuch der Musikliteratur, Vol.II. Reprint. Originally published: Vienna : Pazdirek, 1904-1910.Hilversum : F. Knuf , 1967.

この本にはなんと、「Burgmuller Fred.」という項目が立てられており、ブルグミュラーについて、どの作品が、どの出版社から出ていたのか、という情報が載っています。そして、ここにはなんと、作品番号(op.)がついたもので113曲、ついていないもので272曲出ています。20世紀初頭には、少なくとも合計385作品が流通していたということです!これは大変貴重で重要な情報です。(この作品表は徐々に当サイト「ピアノ曲事典」に反映させる予定。)

4月4日、若者たちの新雇用政策を巡る暴動の痕跡のこるパリ市街。私はこの資料のコピーを握りしめ、現地に到着しました。翌日から3日間、まだ見知らぬブルグミュラー作品を入手できるのではと淡い期待を胸に、楽譜店を巡ってみました。

パリの楽譜屋さんを訪れたことのある方ならおわかりかと思いますが、日本の楽譜店とちがい、お店では新品の楽譜だけでなく、中古品の楽譜や、長いこと棚で眠っていたと思われる新古品が一緒に売られています。通り沿いに出された箱の中から、手を黒くしながら楽譜を繰っていくことの興奮!そして資料を見せながら、気難しそうな店主たちとのやり取りすることの面白さ。そんな味わい深い時間のなかで、知られざる作品を何曲掘り起こすことができたかというと・・・
探索結果:4曲入手!!

(演奏:著者。
演奏した感想:軽やかなサロン風の音楽ですが、意外と弾きやすくはありません。芸術度・技巧度からして「25練習曲」がもつ集中力の高さを改めて実感します。)

この数は少ないと思いますか?それとも多いと思うでしょうか? 私は単純に少ないと思いましたし、驚きました。かくも楽譜というものの存在は儚いのかと・・・。上述の出版目録のなかでは、例えばop. 76 《3 petits Themes originaux》は、20世紀はじめに18社もの出版社が発売しています。当時では大変に人気があった証拠です。ところが今や流通の中のどこにも存在しない。中古品でもみつからない。もちろんパリの国立図書館も調査してみましたが、そこにも所蔵がない・・・。

ちなみに上記4曲は、私の持っていた資料には載っていなかったもの。「やさしく、小さく、魅惑的な」クラシックの曲ばかりを集めたというピアノ曲集2冊に収められていました。
楽譜情報:Henri Classens ed. Le Piano classique. Vol. A, Vol. B. Paris: Editions M. COMBRE.

楽譜店ばかりでなく、出版社のような場所にも調査の手を広げれば、文字通り倉庫に眠るブルグミュラー作品の数々があることでしょう。そしてどこよりも、一般家庭の楽譜棚という場所のなかに、ひっそりと息をひそめ、生きた時間に還元されることなく、過去のものとして眠っていることでしょう。こじ開けることのできない「過去」と「場所」と「眠る音楽」、そんな仮想じみたところに想いを馳せつつ、今回の旅を締めくくりました。

以下は今回訪れた楽譜店です。どの楽譜店にも、25・18・12練習曲の各社版はそろっていました。

Pugno(プーニョ):

セーヌ川沿い、パリ左岸サン・ミシェル橋近く。赤い窓枠のお店。店主が「B」のファイルを紐解いてくれました。

サン・ラザール駅近くローマ通り沿い(この通りは楽譜典や楽器屋さんが並びます)。上記4曲はここで購入。

ローマ通り沿い。3店舗が楽器ジャンル別にある。若いスタッフが親切にコンピューターで検索してくれました。大手の香り。

出版社でもある由緒ある店。パレ・ロワイヤル・ミュゼ・ドゥ・ルーヴル駅近くサン・トノレ(St. Honore)通り沿い。名曲が数多く埋蔵している雰囲気が。G. ミゴーの楽譜をこちらで入手できた。O.メシアンなど現代作品も多い。

最後に一言。パリ時代のブルグミュラー作品は、子供のため、人々の生活のワンシーンのために、優しく奏でられる音楽です。軽やかだけれど、ときに深い哀愁や芸術的な香りに満ちています。もしこのページを読んでおられる方の楽譜棚の片隅に、なんらかの経由でたどり着いたブルグミュラー作品がありましたら、もう一度息を吹き込んでみていただければと思います。生活の中の音楽、音楽の中の生活を、存分に楽しんでいただけると思います。

♪音源資料♪

Chantons giment 「楽しくうたいましょう」
Romance 「ロマンス」
Souvenir de Suisse 「スイスの思い出」
Glissons sur l'eau 「水面をかすめて」

♪パリ写真集♪
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リュクサンブール公園近くの通り沿いで、ラクタイムを奏でるおじさん。おんぼろピアノだけど、いい音してました。
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楽譜店や楽器店がたちならぶローマ通り
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楽譜店 アリオーソ
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楽譜店 ラ・フリュート・ド・パン
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ローマ通りでピアノを運ぶトラックに遭遇
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リシュリューの国立図書館 ここでブルグミュラーのオペラ作品「ペリ」の衣装図版をみることはできました。
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図書館内部 ずらりと並ぶ本と机。居心地がよい。

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