第12回 「生きた音楽で学ぶ、新しいソルフェージュ」



フランスで従来ソルフェージュと呼ばれていた音楽基礎教育は、現在フォルマシオン・ミュジカル(Formation Musicale)と改められ、実際の音楽を使いながら幅広い基礎素養の習得を目指す、音楽的実践に即した内容へと変化しています。
そんな中、「La Dictée en Musique」という教材が刊行され(2003年~)、現在フランス国内外で広まりつつあります。これはテクニック重視の従来型ソルフェージュと異なり、本物の音楽で音程やリズム、ハーモニー等を聴き取る能力を身につける方法です。
今回はその著者である2人の作曲家、Benoit Menut, Pierre Chépélov両氏にお話を伺いました。

まず「生きた音楽の中で聴音を学ぶ」という点に共感しました。ディクテの方法はユニークで実践的、何より音楽性を高めることが重視されていますね。それだけでなく、とにかく幅広い選曲に驚いたのですが、様々な時代・様式の音楽を聴いてみるという点でも大変耳を刺激されます。まずはなぜこの教材を発案されたのか、経緯を教えて下さい。
Pierre Chépélov氏(以下C):フランスの音楽教育において、ディクテ(聴音)はとても大事です。従来ピアノを使ったエクササイズが多かったのですが、一部の学生はそれに慣れてしまい、ピアノの音なしでは聴き取れなくなってしまいます。もちろんピアノは大事ですが。そこで、様々な楽器の音色が聴けて、かつ幅広い時代・様式の曲を使ったエクササイズにしました。この音源があれば、家に帰って復習することもできます。
Benoit Menut氏(以下M):この教材は全ての時代・様式をカバーしています。古典やロマン派だけではなく、中世、現代曲、ジャズ、フォークロア、アフリカの民族音楽、日本、中国の伝統音楽など。それには、「子どもたちに様々な文化を理解してほしい」という理念があります。一つの楽器の世界に閉じこめるメソードではなく、外に開くメソードなのです。
制作に際しては、とにかく多くの音楽を聴き、図書館で楽譜を探しました。構成に時間はかかりましたが、幅広い選曲ができ、本来のアイディアが実現できたと思います。2002年に着手したので今年で7年目になりますね(1巻目は2003年に出版)
2003年に出版された第1巻、これはどのような生徒を対象としているのでしょうか?
C:フランスの音楽教育システムでは、大体6~7歳から音楽を始めます。1巻はそのくらいの子を対象にしています。1巻を始める前に、1~数ヶ月の教育は必要かもしれませんが、少しの基礎があれば十分取り組めると思います。趣味で音楽を始めた大人の方や、音楽教育を受けたことのない方にも対応しています。
1巻からポリフォニーが出てきますが、小さい子どもでも聞き分けることができると思いますか?
C:最初は難しいかもしれませんが、早くから経験をすることが大切です。小さい頃から始めていれば、徐々に複数の声部を聞き分けることができると思います。
M:中世から近代までのポリフォニー音楽を沢山聴いて、多声を聞き分ける感覚をつかんでほしいですね。始めの段階から、このような多声音楽をステレオサウンドで聴いてもらえれば必ず効果があると思います。
やはり本当の音楽の中で学んでほしいです。だからタイトルは"La Dictée en Musique"、つまり, Dictée "WITH Music" ," IN Music"なんですよ。
C:単にピアノの譜例が何小節か書かれているだけの教材には、子どもたちはあまり興味を示しません。今の若い世代には、「これをやりなさい」ではなく、今自分がやっていることを正当化することが大事。これは新世代の特徴ですが、先生がきちんと理由を説明して納得した上で、楽しいと感じさせることができれば、子どもはちゃんと取り組んでくれています。結果が出て、しかも音楽が楽しめるエクササイズなので、「1つだけでじゃなくて、2つ、3つ、もっともっと質問して!」と、段々ノッてきます。
ところでこの膨大な音源の中から、どのように曲を組み合わせていったのでしょうか?
M:とてもシンプルなプランに添っています(笑)。
まずレベル(1~6)と音楽的要素(リズム、メロディ、ハーモニー、響き)に分け、第1巻は全音符、二部音符、四分音符、八分音符だけの曲を選びました。そうやって6巻まで様々な時代・様式・テンポの音楽を選んでいます。
C:時代様式のバランスだけでなく、各章のバランスも考えました。とにかく様々な音楽を幅広く探して、全てのバロメーターにフィットするように選曲しています。

- ヒルデガルド・ド・ビンゲン(1098-1179)『おお、青々とした小枝よ(O Viridissima Virga)』
- メンデルスゾーン(1809-1847)『巡礼者の格言(Pilgerspruch)』
- J.シュトラウス(1825-1899)『皇帝円舞曲(Kaiserwaltzer)』
- スメタナ(1824-1884)『モルダウ』
- リムスキー・コルサコフ(1844-1908)『ロシアの復活祭(La Grande Paque Russe)』
- ドビュッシー(1862-1918)『沈める寺』
- グラナドス(1867-1916)詩的な情景第1集より『ばらの踊り(Danza de la Rosa)』
- ショリス(1980-)『パルティータ』
- ギニア民謡『Kuku』ほか
特に1巻は歌曲や合唱曲の聴き取りが多いですね。日本と中国の童謡『うさぎ』が掲載されていますが、発音、リズム、抑揚、音楽表現に明らかな違いがありました。各国の音楽文化を比較することもできますね。
C:これは確かに新しい方法ですね。これまでのフランスの音楽教育は楽器演習が多く、歌曲は少なかったんです。将来的には、もっと合唱やオルガンを増やしていくことが必要だと考えています。声は一番重要な楽器ですから。
M:歌はとても大事です!思考や身体でとらえた感覚は、声に反映されて出てきますから。それに英語やドイツ語、ロシア語の歌曲などは、外国語を勉強する一歩になりますし、(言語に対する)感覚も養われます。CDで原語の歌を聴き、教材に掲載してある訳文で意味を理解してもらいます。各言語の音やリズムがつかめるようになるのと同時に、音楽のフレーズやニュアンスも感じ取ることができます。原語の歌曲を多く入れたのは、音楽的な判断です。
C:音楽に表現されている心情や、詩情性を理解することも大事です。従来のソルフェージュ教材には、音符やメロディだけで歌詞がありませんでした。音やリズムを単に聴き取るだけの教育は、19世紀はよかったかもしれませんが、今の子ども達に合うような現代性もほしい。ハーモニーや楽器の響きを聴いたり、和音を覚えたり。この教材に書かれてあること以上に、学べることは多くあります。
M:子どもはエクササイズを通して、単にリズムを学ぶだけじゃないんです。その後で歌ったり、楽器を弾いたり、他の子と一緒に演奏をしたり。何よりまず「音楽ありき」です。インテリジェンスのある先生は、教材から色々なものを取り出せると思います。例えばもしギー・ロパルツの音源を聴きたいと思ったら、冒頭の索引から情報を検索できるようになっています。そうやって、(音楽との)コミュニケーション力を成長させるきっかけになりますね。





ところで、ご自身はどのような音楽教育を受けてこられたのでしょうか?ソルフェージュの重要性は、どこでお感じになりましたか?
C:4歳からヴァイオリンから始め、合唱隊に入ってオルガンを始め、その後作曲などを学びました。いつも歌が近くにありましたね。オルガニストでもあるのですが、オルガンには大変幅広いレパートリーがあり、中世の音楽も多い。とにかく様々な時代、様式、レパートリーに興味があります。
ソルフェージュは、全ての楽器奏者が集まる場です。ただ従来のソルフェージュだと、ドレミ・・という音名を覚えるだけで、歌ったり、楽器で弾くこともしません。でも本来は、もっとライブであるべき、もっと音楽とリンクするべきだと思います。ですから、音符を読むだけでなく、歌ったり、色々な楽器で弾いたりします。
自分の経験から、一人の楽器の先生がソルフェージュのレッスンを深く実践することは易しいことではありません。この教材を使ってテクニックだけでなく、広い音楽文化があることを伝えたいと思っています。
M:私は、古い厳格な音楽院で勉強しました。よく歌いましたし、聴き取りの練習も沢山しました。90%の生徒はソルフェージュが好きではなかったようですが(笑)、私は好きでした。楽器はヴァイオリン、トランペット、トロンボーン、クラシックではありませんがピアノも習っていました。
小さい頃の厳格なソルフェージュ教育はテクニック先行で、音楽は"隠れて"いました。でも、昔は悪くて今は良いということではなく、昔と今は「違う」のです。今ではテクニックが身についたことに感謝しています。でも、そのテクニックと音楽的経験の橋が架けられていませんでした。
人間は感覚の発達によって成長します。感覚が身につけば、聴く楽しみも分かりますし、もっと音を認識したり、暗譜も進みます。感覚は人間そのものです。そして音楽を通して学ぶことが何より大事。自分の記憶を辿っても、教材でのエクササイズより、メンデルスゾーンやシューベルトの歌曲を覚えています。
だからこそ、従来のテクニック的な要素に、新しいビジョンを組み合わせたい。質の高さと大衆性という2つの理念を追求しながら、ソルフェージュを真の「楽興の時」にしたいと思っています。
高度な質と大衆性、それはこの教材で体現されていますね。
ところでお二人はいつ知り合ったのでしょうか?また、これからの活動計画を教えて下さい。
C:16年前同じ音楽院でソルフェージュを習っていた時、知り合いました。習っていたマルグリット・ラブルーズ女史(Marguerite Labrousse)には、この教材の巻末にメッセージを頂いています。私たちにとっては、クレド(信条・信仰)ですね。なお、この"La Dictée en Musique"は、2009年6月に7巻目が発刊される予定です。それでこのシリーズは完結します。
M:現在、よりグローバルで新しいソルフェージュ・メソードの教材を制作中です。大きな惑星の周囲を回る衛星という感じ、ですね。
10年に及ぶ大プロジェクトですね。次の教材も楽しみにしています!
現在フランス国内では、パリ国立高等音楽院はじめ、ボルドーやマルセイユ等の地方音楽院、スイス、ベルギー等のフランス語圏では日常的に使われており、英国・米国等からもリクエストがあるそうです。各国の先生方の方法を尊重した上で、ぜひメソードを活用してもらえたら嬉しいというお二人でした。
16歳の頃から15年間ソルフェージュを教え、今は作曲に専念しているというMenut氏、現在音楽院で教えているChépélov氏。二人の音楽基礎教育への熱意と創意工夫、そして音楽文化への幅広い理解が感じられました。

