ピティナ調査・研究

17. ベートーヴェンの交響曲:フンメルによる室内楽編曲

17. ベートーヴェンの交響曲:フンメルによる室内楽編曲

前回はフンメルによるベートーヴェンの交響曲の編曲シリーズから交響曲第5番を取り上げ、ピアノ・ソロ編曲として演奏した場合に、オリジナルとどのような違いが出てくるのか分析しました。その結果、フンメルは概してオリジナルの音楽をかなり忠実に「再現」する編曲を作っていることが分かりました。その際、オリジナルが持つオーケストラの多彩な音色の変化をピアノ一台で模倣再現するにあたってどんな工夫をしているのか、またオリジナルにはないアーティキュレーションから、編曲者であるフンメル自身の(もしくは当時、オリジナルが演奏された時の)「オリジナルの解釈」が編曲に現れている可能性が窺い知れました。

フンメルの編曲が、演奏者の好みによってピアノ四重奏の形でも演奏できるようになっていることは前回に述べた通りです。しかしピアノ・ソロパートだけで売るという体裁上、ピアノだけで十分に原曲の大枠を再現しているので、ここに他のパートを加えるのにどんな意味があるのでしょうか?または、「伴奏accompagnement」として売り出されたその他のパートの動きから、音楽的に面白い効果やフンメル独自の考えが見えてくるのでしょうか?

今回はこのような問いを立てて、ピアノ四重奏ヴァージョンを考察していきましょう。

原曲の姿を浮き彫りに?

出版譜の表紙に「伴奏」と記されているのに違わず、ピアノに加わるフルート、ヴァイオリン、チェロの3パートは何か新しい動機を原曲に加えるわけではありません。また、たとえ原曲で主旋律を担うのがフルート、ヴァイオリン、チェロのどれかであったとしても、編曲の該当箇所で必ずしもこれらのパートが主旋律を演奏するというのでもありません。このフンメルによる編曲の場合、あくまで主役はピアノ・パート。ピアノだけで楽曲の要たる部分は満たされているため、他の3つの楽器は二次的な役割に留まっています。

まずは試みに、一つ前の回で例に出したところを見てみましょう。
【譜例1】は第1楽章の移行部です。主声部はピアノの右手が担っていますから、加わった3パートは概ね伴奏に回っています。例えばヴァイオリンはオリジナルで主声部を担当する楽器ですが、先に述べた通り編曲ではオリジナルとは別の声部進行を取っています(部分的にセカンド・ヴァイオリンやヴィオラに近いです)。また和声も主にピアノの左手で充足されており、ピアノ以外の3パートがあってもなくても、編曲として十分に成り立ちます。
こうして見ると、オリジナルの音楽を伝えるのにピアノ以外のパートが貢献するところは少ないように思えてしまいます。しかしここで簡単に終わらせないで、もう少し詳しく検討してみましょう。オリジナルにはあったもので、ピアノ・ソロ編曲になかった要素が加わってはいないでしょうか。

ピアノ・ソロ編曲になかったもの——その1つ目は、オリジナルの管楽器による引き伸ばされた和音です。より厳密に言えば、オリジナルの保続音は(恐らく当時のピアノでは今のピアノよりも音の減衰が早かったことも関係して)四分音符のパルスに変更されていました。ところが管楽器も弦楽器も、長く音を伸ばすのは得意な楽器です。四重奏ヴァージョンでは、加わった3つの楽器がこの保続音を補っています。その結果、オリジナルの4小節のまとまりがより明確な区切りとして聞き取れるでしょう。
それだけではありません。保続音の音域を見てみましょう。ピアノ・ソロの時よりも全体の音域幅が拡大しています。すなわちフルートは原曲の自分のパートと同じ高音を引き伸ばし、チェロは第44〜47小節、第52〜58小節で、原曲のコントラバス・パートの音域まで低音を広げています。
原曲のスコア全体を眺めてみましょう。第44小節以降はセクション全体を通して、運命動機を含んで高音から下行する主声部(ヴァイオリンと各四小節の出だしのヴィオラ)を、高低両方向に拡がった和音がすっぽり包み込むという音響の特徴があります。この音響構成は作品で初めて現れる音響構成で、聴衆に強いインパクトを与えると期待できる非常に重要なものでしょう。
この音響構成はピアノ・ソロでは模倣再現できず、主声部は上声に露わなままでした。それが四重奏版では、加わった伴奏3パートによってしっかりと実現されているのです。

【譜例1】 フンメル ピアノ四重奏編曲 第1楽章 第44小節〜

また編曲で加わったパートは、第44、47小節(チェロは第51小節も)でピアノの右手にある8分音符3つのリズムを重ねています。つまり、いわゆる運命動機を強調しているのです。
さらにチェロは、単音で鳴らしていた保続音を第52小節から重音にしています。オリジナルでは第52小節でフォルティッシモが指示されるのと同時に、それまで散発的に加わるに過ぎなかったトランペットとティンパニが移行部の終わりまで持続的に参入しますが、それによって拡大する響きを、編曲チェロの重音への変化が擬似的に再現していると思いませんか。いわばオリジナルでの「楽器によるデュナーミク」が重音と言う形で果たされているというわけです。

【譜例2】フンメル ピアノ四重奏曲編曲 第1楽章 第34小節〜

この部分のチェロはピアノの左手=原曲のチェロ・パート、ヴァイオリンは概ね原曲のセカンド・ヴァイオリンないしはヴィオラ・パートを補っています。
先の話の続きで注目したいのは、第34〜37小節のフルート・パートです。この4小節間、原曲のフルート・パートは休符であり、他の木管パートも前後の2小節で同じ和音を伸ばしています。ところが編曲のフルート・パートはというと、ピアノ・パートの右手上声部=原曲主声部のファースト・ヴァイオリンを部分的になぞっているのです。

原曲ではこのファースト・ヴァイオリンこそ和音の変化をもたらす要のパート。問題にしている4小節の核と言っても過言ではないでしょう。フンメルがフルート・パートで重ねたのは、この核の部分なのです。結果として四重奏編曲では、ソロ編曲よりも和音の変化が耳に聞こえやすくなるというわけです。

フンメルのピアノ・ソロ編曲では、オリジナルがどのような曲か掴めるようにその「大要」が示されていると考えられます。そうだとすると四重奏へ拡大するに当たって、フンメルはソロ編曲では鉛筆の線で描き付けた音楽の輪郭線の「彫り」をさらに深くし、濃淡を付け、オリジナルが持つ「ニュアンス」をよりくっきりと浮かび上がらせる工夫をしていると言えるでしょう。大規模なオーケストラ作品の中で何が重要か、編曲者が捉えたものを編曲を通して演奏者に伝えるような手続きには、編曲者のセンスが問われるところです。

編曲者の解釈?

前回にピアノ・ソロ編曲について考察したとき、フンメルが原曲にはなかったアーティキュレーションを加えていると指摘しました。繰り返しになりますが、そこにはフンメル自身による原曲の解釈(またはフンメルが経験した原曲の演奏表現)が表れていると推測されます。似たような付加変更はピアノ四重奏のヴァージョンにも見つかります。前回も取り上げた第4楽章の主要主題を見てみましょう【譜例3】

【譜例3】フンメル ピアノ四重奏編曲 第4楽章第22小節〜

原曲では第22小節から段々と楽器が増え、高低両方の声部の厚みが次第に増していました。編成の小さい編曲では、楽器の増加は第23小節からになっています。各音域の声部の重ね方は、原曲では低音(+ファゴット)→高音と低音が同時(+チェロ&クラリネット)→内声(+オーボエ)→高低両音域の拡大(+コントラファゴットとコントラバス&ピッコロ、フルート)という順番です。
編曲では第22小節からすでにヴァイオリンが原曲よりもオクターヴ高い音を重ねており、第26小節の次のフレーズの始まりまで高音域は一定です。声部の重ね方も原曲とは異なり、内声(+ヴァイオリン)→低声(+チェロ)→上声(+フルート)および低声の拡大(ピアノの左手)となっています。
この音域という見地からしても編曲は原曲からやや外れているのですが、もっと興味深い違いは追加の楽器が入ってくるタイミングです。原曲では最初のファゴットと2番目のチェロ&クラリネットが入る間隔は半小節ですが、そのあとは1小節間隔で統一されています。一方、編曲で初めに入ってくるヴァイオリンは原曲で2番目に加わるチェロ、クラリネットと同じタイミング、チェロは原曲のオーボエと同じ、そしてフルートは、原曲のいずれの楽器とも違うタイミングで入ってきます。 これは単に、フンメルが原曲の入りの間隔を無視しただけなのでしょうか。そうとも思えません。編曲でパートが増える間隔は、ピアノの左手がオクターヴに変化するのを合わせて考えると、1小節→半小節→半小節と短縮する形であり、最後の半小節ではパート数だけではなく低音域の拡大も同時に起こっています。つまり全体としてみると、楽器によるクレッシェンドと漸次的な音域の拡大で、フレーズの終わり(および直後のフレーズの開始)で最も響きが拡大するようになっているのです。これはフレーズの終わりに向けてクライマックスを増大させようという意図的な計らいでしょう。

もう一つ、編曲者独自の「アレンジ」と思われる 変更例を挙げましょう。譜例2の後半に注目します。ここではフルートが各小節後半でスフォルツァンド付きの四分音符を鳴らし、ピアノの旋律線を補強していきます。これは原曲には全くなかったものです。
原曲と比較したときのこの変更の良し悪しはさておいて、編曲に付加されたこのフルート・パートのアクセントによって、先へ先へと前進する音楽の力動性が強まっています。

オリジナルに「忠実」な中にある「独創性」

他にも似たような例はたくさんありますが、全てを挙げていると頁がいくらあっても足りません。ですから本稿ではこの辺りでまとめに入りましょう。
全体としてフンメルの編曲は、ピアノ・ソロから室内楽ヴァージョンに編成が拡大されても、ピアノ以外のパートは補助的な役割が中心であり、室内楽ジャンルを特徴づけるようなパート同士の動機の掛け合いや、原曲以上に複雑に織られたテクスチュアが生まれているといったことはありません。先に述べたように、編曲を作るに当たっては原曲の輪郭を保持し、それを小さい編成で再現することが主眼になっているようで、原曲からのそれほど大きな逸脱や新しい素材の付加などはありません。むしろ原曲のエッセンスを取り出し、それが明確に立ち現れてくるような工夫が目を引きます。

しかしその中には、編曲者であるフンメルの「独創性」も垣間見られます。先に例示したフンメルによる「原曲の解釈の表現」と思われる付加変更がそれです。アーティキュレーションであれ、前進的な力動性を生み出すアクセントであれ、原曲に無かったものを加えることは、たとえそれらが原曲の音楽が持つ特徴やニュアンスを強調しようとするものであったとしても、編曲者独自の考えやセンスを打ち出すものでしょう。これは、演奏者が楽譜を前にして、書かれた音符から音楽を解釈して、独自の演奏表現として音に再現するのと似ています。この意味で、フンメルの編曲のような原曲にかなり忠実なものであっても、完全に非独創的に終わるのではなく、編曲者独自の創造性が入り込むことがあるのです。

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